宮古遠:落人俚伝

どうにもならないくせに生きてる

必ず爆発描写のある小説(新作書き下ろし限定)講評|2022.11.11

引用:爆発のイラスト | かわいいフリー素材集 いらすとや
https://www.irasutoya.com/2014/03/blog-post_2687.html

 

こんにちは、宮古遠です。

2022年9月18日(日)~2022年10月22日(土)にかけて、カクヨムの自主企画にて行いました『必ず爆発描写のある小説(新作書き下ろし限定)』ですが、ご参加いただいた小説すべての講評を書き終えましたので、こちらにて掲載をさせていただきます。

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▼いちばんよかった爆発

五三六P・二四三・渡『鋼に与える鉄槌』

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▼各人ピックアップ

爆発物Aを爆破

押田桧凪『爆葬』

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爆発物Bを爆破

尾八原ジュージ『ちょっとした魔法を見せてあげる』

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爆発物Cを爆破

外清内ダク『ご機嫌よう、モンロー・マイ・ディア』

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以下、評議員三者の講評と、座談会の文字起こしです。

座談会文言は内容が講評文と重なる箇所が多々ありますが、三者が会話の中でその作品を話題に出している雰囲気を優先したく、なるべくそのままの状態の文言を載せています。よろしければ各人の講評含め、お読みいただけると幸いです。


 

参加作品

001 それは自由を守るため|偽教授

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プロジェクトX」的なものを読んだ心理が強かったです。小説的なものとするとボルヘス氏がお書きになった「汚辱の世界史」のテイストが近いのかもしれません。他作の文言ばかり書いてしまって申し訳ないのですが、とにかくそういう感じで、この世界で起こった「或る事件」のひとつを読めた、知れたこと自体がよいタイプの文章だった気がします。勉強になった、といいますか、紹介されているモノをとっかかりとして、もっとそれについて知りたくなる事柄、番組、みたいなモノだったと個人的には思います。世界の爆発事件を主テーマとして書かれたコラムないしは雑学的な本の中で出逢った紹介物のひとつ、みたいな気持ちが強いです。

ですからわたしはこの文章を、小説、というよりは、作者さんが「爆発」をテーマにして書いてくださった寄稿文、コラム、エッセイ的なものとして読みました。爆発をテーマにして、たっぷりものを書こうと思えば書けるものをそうせず(例えば、今回の場合ですと、この文章の中に出てくる人々を主人公としたお話にもできるわけですし)、あくまでも客観的に、引いた位置から事件についてをドキュメンタリ番組的に最低限の文字数で書かれていること自体がよかったのだと思います。ゆえになるほどと思いましたし、これが今回の自主企画にていちばん最初に投稿されたこと自体をありがたく感じました。2千字の下限でぱっとこれを書き上げてくださったこと自体に良さを思いました。

これ自体でもうしっかりと完成型の文章構成をしているので、わたしとしてはこれ以上なにかを書くこともない気持ちがあるのですが、あえてひとつ申し上げるとすれば、逆にもう、この文章が、さきほど申し上げたとおり、この文章の最大の特徴である、コラム的な構成を選んでいること自体に対してになります。こういう形式のものを読ませていただいたからこそではあるのですが、渦中の人物達、主観とされる方達を軸とした「時代劇的なお話」ないしは「モチーフとしたお話」として、この事柄に出逢ってみたい気持ちが沸き、すこし困りました。

2千字ぴったりで書いていただいたこと自体がありがたいとさきほど云ったばかりではあるのですが、なんとも、悩ましい限りです。あくまでもこれは、主催であるわたしがそういうものを、お書きになってくださった文章を読んだ結果として読みたくなった、ということなので、つまり、この文章自体がよい効果をわたしに対して与えたのだとお思いください。お一人につき二作品でなく一作品だからこそ、この形式でいちばん最初に書いてくださったのだと感じます。

第一次世界大戦下のアメリカで起こった大規模な破壊工作、ブラック・トム大爆発を描いた作品。爆発というテーマにストレートに向き合った作品でした。

私自身がノンフィクション小説をあまり読まないので定石を抑えていないのですが、本作はかなり引いた視点の作品だと言えるのではないでしょうか。極力ナラティブを排して史実を記事的なまでに客観に徹して伝えているのが印象的でした。例外的なのがタイトルの「それは自由を守る為」(と、「決然として島に踏み留まった。そして、大惨事が起こるのを食い止めようとして、消火活動に挑んだのである」の一文)で、全体から主観を排したなかでただ一点「(ジャージーシティ消防隊の行為は)自由を守るためのものだったのだ」と強烈に定義づけています。ここで自由とは単に自由の女神や舞台となったリバティ島の名ではなく、それらに象徴されるアメリカ合衆国の民主主義を指すのでしょう。

この構成、おそらくは読者が彼ら義勇隊の存在とその心情を知ることで生ずる感情や得る体験を以て物語を完成させるような狙いに基づいたものだと思います。テキストのみで完結するのではなく読者の培ってきた経験や思想を含めて物語のパーツにする、と言いますか。しかし残念ながら私の中では十分な化学反応が起こらず、物語として結実させることができませんでした。バッチリ刺さった人のなかにはどのような物語が生まれたのか期待したい作品です。

合衆国の象徴を傷つけた、とある爆発の話。

一番槍は川のスピードスター、きょうじゅ! 下限ピッタリの2,000字で紡がれる爆発は、アメリカで実際に起きた『ブラック・トム大爆発』を題材としたものでした。

史実として「自由の女神に傷を付けた」逸話があるのがケレン味を感じて好きです。アメリカの象徴たる存在を壊しかねない爆発が自国で生み出した兵器の貯蓄を燃やすことで引き起こされたのが皮肉な話だな……。

作中で語られるジャージーシティ消防団にも物語があるのだろうな、と思わせられる魅力があり、彼らを題材にした作品があれば読んでみたくなりました。タイトルやキャッチコピーが彼らについてピックアップされているように感じたので、もう少しその物語を味わってみたかった……!!

とはいえ、ある種のウェットさが少ない淡々とした爆発は小説全体の空気感に繋がっていて、それがこの作品そのものの魅力の一端であることは事実です。何処かニュース記事を読んでいるような感覚はとても興味深かったです!

 

002 止まりたくないの|赤井風化

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主人公の境遇や設定、満たされない心理などを簡潔に表していった挙げ句に現れる光景が「そうはならんやろ」の連続で、がしかし小説内では本当に起こってしまうあたりにおもしろさがあったと感じました。特撮の背景で爆発が起きるヤツ、と劇中でも例えられていたのですが、まさしくその通りの映像が脳内にやってきたのでたのしかったです。フィクションとして書いているからこそ出来るお話だったと思います。大学のそういったサークルのノリや留学、慈善活動の諸々などを経験したことがないので、冒頭で語られているあるあるを完全には理解できなかったのですが、そういう諸々に対してのいじりが、いかにもありそうな皮肉でありつつ、さっぱりとしているのが個人的にはよかったです。自己の嫌悪するものないし、自我を確定させ、自分の無能力で狂わないために他者を半ば盲目的に卑下するときというのは、言及する側の性質によってはものすごい粘性が生じると思うのですが、あくまでもカラッと済ませているのがよかったなと思います。

「いつもそこそこで、一番になったことがない」「なにかの一番になって脚光を浴びたい」と漠然と思っているのがすきでした。かつまたそこに明確なビジョンや、ことを自発的に行使する「えいや」の気概がないのもすきです。だからこそ目の前の地雷原へ衝動的に飛び込んだのだろうなと思いました。中間がないときの危機、心理としては、強烈な鬱状態にまずなって、そこからすこしずつ投薬や休養等で心身が回復してきたときに、不意にベランダをぼーっとみて、「飛び降りれるんじゃないか」と決心する事柄がお話として近い気がします。そういう意味で、舞台としては奇異な、ある種かなり虚構めいたものが扱われているのだけれども、感情の動きとしては極めて人間の焦燥みたいなものがきちんと描かれていたように思います。「地雷原(脅威ないしは苦痛)から逃げる」こと自体が、主人公の特性に合致しているし、それが結果的に逃げでありかつ挑戦の方向性へ向かうのがとても上手いと思いました。

雰囲気が近いものをあえて持ち出すとすれば、進研ゼミの教材についている「これでわたしは人生が豊かになりました」的漫画の筋や、「未来世紀ブラジル」のラストの展開なんかが割とそういうものやもしれません。ブラジルの場合は夢物語的逃避が大成功した挙げ句にオチで現実がやってきますが、この小説の場合はやってこずフィクションと混ざり合ってゆくので、その部分での「んなあほな」的飛躍自体がよいのだと思います。かつ、そうして飛躍をしつつも、冒頭での諸々の説明等が効いているから、この状況に陥ることに対しての説得力がぎりぎり成立するようになっているのだと思います。「不謹慎なホラ話」をやっている感じがすきでした。勝手な解釈のしようによっては、ほんとうの彼女は飛び込んだ時点で死んでいるか、地雷原を目の前にした脳内妄想でしかなかった、めいた解釈ができうるようになっていた気がします。筆力のある方が書いたトンチキだったと思います。

自己確立できない焦燥と混迷、そして突破を爽快に描く作品。

まずは人物描写のリアルさが目を引きます。作者さん自身が考えたことを文章に再現するのが上手いのか、あるいは登場人物の心情をエミュレートするのが上手いのか、語り手の心の在り方に一貫性があるのがとても骨太に感じました。キャラクタが確立していると言い換えても良いかもしれません。安易な自分探しに耽ったりそんな浅慮を省みたり、昔を思い出したり犬と自分を比べて卑下したりと思考があちこちに飛びますがその流れがとても自然で、血の通った人間がそこにいるという説得力があります。特に「そう思った瞬間、あたしはひらりと柵を飛び越え」の部分は似た経験があり、こういう行動をしてしまう人間の心理はこんな感じだよなあと納得しながら読みました。

もう一点、話の構成の上手さにも惹かれます。鬱屈として倦怠感の漂う前半から吹っ切れて地雷原を走破する展開がとても心地よく、心象の解放と作中現実の爆発がリンクして映画のような景色を脳内に浮かび上がらせました。この大仕掛けのみならず足の速さや汚職警官といった話題を伏線として忍ばせることで全体の整合性を調える小技も光ります。文書のリズムも心地よく、むき出しの感情をぶつけたような文体に反して実際にはよく練られ、客観的視点で監修された文章なのだという印象を受けました。

ここからは穿った、意地悪な感想として読み流してほしいのですが、個人的には大見せ場の地雷原を走り抜けるシーンには少し引っ掛かりを覚えました。これは先述した心情描写から想起されるかなり現実寄りのリアリティラインと地雷原を走破するの突飛さとの嚙み合わせが今一つだったのかなという印象で、心情描写力と整合性の高さが逆に仇となったように思います。おそらく作者さんも同じ違和感を覚えていて、突飛な展開に説得力持たせるために序盤に足の速さを語ったり、現実感を揃えるため無傷ではなく怪我を負わせてみたりしたのかなと想像しますが、私の中では違和感を完全には消しきれませんでした。とはいえ作品の読み味を大きく損なうようなものでは決してなく、全体として満足感の高い一作でした。

ものすごく足の速い女子大生がカンボジアで人を救う話。

大学生が自分探しのために海外ボランティアに行くのは現代の定番イベントくらいの趣ですが、主人公はそのタイプの人間の中でも格段に自己肯定感が低い。その自己肯定感の低さが彼女のヒーロー性に繋がっていく……という展開はとても面白かったです。

彼女が「自分にできること」として単身地雷起爆を選んだのは足の速さが故だったのですが、それで無事生還してるのが強すぎる! 生きがいを見つけた彼女の結末は、ハッピーエンドのようにも解釈できます。

一方で、走り続ける彼女の姿にどこか「ヒーローの悲哀」のような物も感じました。彼女はただ足が速いだけの生身の人間で、実際爆発音で鼓膜を失っています。生きるために身を削り、誰かの役に立たないと生を実感できない彼女に安息が訪れますように……。

 

003 ジャンキー・ジェット・ファイアーワークス|月見夕

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お話のまとめかたが上手いとまず思いました。90分映画的な筋道の立て方で5分もののMVないしは15分ものの短篇映画を組んでいるような印象があり。とにもかくにも、お話を組み立てること自体になれている方がお書きになられた小説だった心理があります。ゆえにお話として、章分けの部分で、どこをどういうテンションで読めばいいのかがわかりやすくなっていると感じました。一場目でアクション(成功)、二場目で世界説明と日常(関係性のひび割れ)、三場目で不安なアクション(失敗)、からの吐露と再起(修復)、大アクション四場目(大見せ)、大団円(カーテンコール)―――という風に、基本的にエンタメ作品が組むべき構成と感情の流れをしっかり守りつつ書かれているお話だったと思いました。

ただ、個人的にはそのぶん、すこしコンパクトにまとまりすぎている、サラッとしすぎる方向に多少なっているのではないか、という気持ちもありました。骨組みが綺麗であるぶん、個人的にはもうすこし字数を足して、展開の骨に対しての肉付け、お話の筋力を増強する事柄を加えてくださってもよかった気持ちがあります。特に二場目の、主人公の彼と彼女の日常会話シークエンスは、わたしだけかもしれませんが展開のテンポについてゆけない心理があったので、なにかもっと、お二方の関係性なり普段の関わりの会話なりが、アクション諸々と相反する形でローの速度で、じっくりと伝わるように書かれていてもよかった気がします。

展開の良さ、いわばこう、ジャンプ+の読み切り漫画的なページ数での持って行き方としての、場の、絵とコマ割りで持って行く力強さ、見せ場を大事にしていらっしゃるからこその構成だったと思います。文章のみで読ませていただくならば、もうすこし、絵のないぶんの描写を重ねていただいてもよかったのかもしれません。ただこの、文章感まま、合間合間に挿絵が入ってくるとまた、話が変わってくるといいますか、印象がガラッと変わると感じます。どういう状態を想定したテンポで組まれているか、みたいなものだと思います。爆発という描写自体がどちらかというと小説作品ではなく漫画や映像作品向きの題材であると思うので、主催としてはかなり本末転倒な事柄を申し上げている気がします。なんとも申し訳ないです。………

諸々を書きましたが、爆発を題材として、花火をぶち上げてくださったこと自体がとても嬉しかったですし(一作くらい、花火が題材のなにかが来てほしいなあ」と個人的に思っていたため)、それをパルクールと絡めて展開しているのがすきでした。パパッと処理される世界観説明の部分も魅力的で、故にもっと深く世界を覗いてみたい心理が生じたのですけれども、あくまでもB級映画的文言説明として納めてくださっているのがよかったです。ボーイミーツガールの、他者のお名前を出して申し訳ないですが、例えるならば中島かずき氏が書くような王道エンタメな筋道とシチュと内容とを、この自主企画へ向けて書いてくださったことが、個人的にありがたく思います。

全体的に上手いなと唸りましたし、とても面白かったです。王道のボーイミーツガールストーリーをなぞりながらも上手に換骨奪胎して、読み応えと新鮮さを感じる作品に仕上げている印象です。特に限られた文字数の中で描くべきところ(例えば、リリィのオペレーションの有無による飛行の難度変化など)は精緻に描き、読者の想像に任せる部分(例えば、ジェットとリリィの馴れ初めなど)は大胆に省くという切り分けが非常に上手で、全体的に引き締めつつもボリュームを落とさない構成はお手本のようでした。

演出面では病状の悪化したリリィの変換もままならない短文の連続や、「ラムネの香りが通信機越しにリリィに伝わるように」という描写が特にエモーショナルで好きでした。序盤に出した冠菊を終盤に持ってくる演出もベタながら心躍ります。またテーマである爆発をしっかり物語の中心に据えてクライマックスで大爆発を起こしてくれたのが嬉しいところです。

欲を言えば「なるほど、娯楽の制限された社会ではこんな意外な変化が起こるのか」という体験を(もっと強く)したかった気持ちがあります。娯楽産業規制法という舞台装置はとても面白く、ジェットのアウトロー的な魅力を引き出すだけに留まらず思考実験的な挑戦があるだろうと期待させられました。もしかするとそうした設定は作品の大筋からは外れると判断して削ったのかもしれませんが、個人的にはそこまで描かれていたら満点のさらに上、大満足でした。

ゲリラ花火師の青年とオペレーターの少女がパルクールで花火を打ち上げる話。

めっっちゃ好きな話でした。爽やかで、アツくて、派手。ガジェットや小道具、設定も世界観を深めていて、個人的な満足度がとても高い作品でした。

主人公のゲリラ花火師、ジェットのラムネ中毒設定が特に好きです。無許可で花火の打ち上げを行うキャラクターとしてある種のアウトロー感を醸しながら、爽やかな青春のフレーバーも同時に演出する。作品全体を貫く清涼感を担保する小道具の使い方が巧みでした。

現代SF設定として「娯楽が規制された世界」が舞台だったことも作品の魅力に一役買っていました。花火の存在を人々が見たことがないからこそ、ジェットの存在がヒーローたりうるんですね……。そんな中でオペレーターのリリィとの関係性がしっかりとボーイミーツガールの文脈に沿った形で描かれている満足感!

この2人の関係性が今後どうなっていくかが気になっていく話でした。花火のように爆発して散ってしまうのか、それとも……。

 

004 ご機嫌よう、モンロー・マイ・ディア|外清内ダク

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極めてわかりやすい状況というか、ビジュアルを提示しつつお話を組んでいるのがうまいと思いました。計画された強烈さというか、漫画的な絵面を想像しやすいビートみたいなものといいますか、そこに展開される感情にノレればもうそれだけで楽しめる、決して振り落とされることなく最後まで読み進めることが出来る、理路整然とした展開が骨としてあるからこその破天荒だったと思います。中間があまり存在しない、読んだ結果としてめちゃこのお話を好きになる方と、苦手に思う方で感想が二分するタイプのお話に感じます。

何度か読んだ挙げ句、ぼんやりと個人的に思ったのは、これは半誘拐的、犯罪行為的なもので、どちらかというと社会に反する出逢い方から生じた「たまたま上手くいったケース」がお話として語られていた、正しくはないお話が組まれていた、だからよい(してはいけないことをするものを観る、読む、ということのたのしさ)、というものでした。自己肥大によって彼女を支配する母親と、堕落的思考側面から彼女を抱擁をするコモリさんとは、性質こそ陰と陽やもしれませんが、同じ位置づけにある「悪魔」的な性質のものだった気がします。影響を受けやすい白さん(これは母親の支配ゆえに形成された思考の動きとも感じますから、一概にこれを彼女当人の特性ととして扱うのもまた違う気持ちがあります)が、母の提示する事柄を「自己を殺して空っぽにする咎(否定)」と捉え、コモリさんの提示する事柄を「自己の空っぽを生かす咎(肯定)」と捉えたからこそ好転した、というもので、白さんがそういう性質かつ心理状態を有していなかったら、もっとコモリさんが少女の有する危うさに這入り込む倫理の人物だったら、生じないお話だったよな、みたいな気持ちがあります。そういう危うさを読むのがひとつ、醍醐味だよな、という気持ちもあります。

そういう意味でも、ほんとうに、たまたまそうやって巡り会って、こういう経緯を経て、ラストの場面へと至ったのが、正しくないものを読んだという意味でやはり、よかったのだと思いました。なにかから逃げる、という行為自体が有する性質がそもそもそうだと思うのですが、そういう行き当たりばったり感が実直に書かれていたお話と思いました。これらは決して、それら要素があることが悪いとかそういうことではなく、ビジュアルとしてその側面が取り入れているからこその、感情にノって読み終わった後、数十分経ってからのよぎり、みたいなものとお思いください。内容が内容だからこその心理、だと感じます。

ひとつあるとすると、ラストの、序盤から中盤にかけてお二方の関係性をしっかりと書いていった挙げ句、ラストシークで一気にフィクション性が増す箇所が、わたしとしては好きでもあり同時に「じゃあいままでの描写はなんだったろうか」とすこし戸惑った箇所ではありました。もしかすると、「ワンスアポンタイムインハリウッド」みたく、リアルに起きた実際の事件(白さんが遭遇した事柄)を小説という形式で示すにあたって、嘘を織り交ぜることで救いを示そうとしているのだろうか(本来は現実だと、コモリさんは死んでしまうが、小説というフィクション内ではせめて間に合う描写で終えたい、というような)と思ったのですが、これは描写が理屈として正しい正しくないではなくて、ここからまたなにかをはじめるためにそれまでの前段を壊している、読み側に解釈を委ねている、ゆえにフィクション性を高めているのかなと捉えました。本当ならC4爆薬を用いなくとも小説の終わりとしてきれいに納められる場面をあえて破壊している、という意味で、「お話なんてものは別に毎回綺麗に終わらない」めいた美学があったように感じます。感情の爆発を小説的に示すための描写だったとも思います。人によってはこういう動きは「打ち切りエンド」的なものとして受け取るやもしれぬのですが、わたしはこうしたラストでの破壊がすきではあるので、よい方向性のラストだったなと、個人的には思いました。

本当に感化されるべきものはなにか、愛に飢える心理というのが直接的な格闘として描かれていて、だからこそラストシークは、「わたしをこんなに拗らせておいて(拗れたのは主に当人の思考回路由来とも思うけれども)なに一人で勝手に死のうとしてるんじゃオラ」というカチコミになったのだと思いました。好き嫌いは明確に分かれるやもしれぬのですが、最初から最後まで暴走しつつ、最終的には一応、生きていられるようになった人のお話としてよかったです。好きな人はとことん好きになるお話だと思いました。

まずタイトルの響きが秀逸です。タイトルだけでなく全体を通しても感じましたが、リズムや単語選び、セリフ回しに至るまで、声に出して読んだときにとても心地の良い文章を書かれる作者さんです。

物語全体を通しての雰囲気としては、背徳感と清涼さが良い塩梅で溶け合っていてとてもよかったです。自分を雁字搦めにする現実から逃げ出した背徳感に苛まれる白と涼しい顔して現実を往なしてしまう(ように見えた)コモリさん、全て放り出して彼女に惹かれてゆく背徳と友達のような気楽な会話の涼やかさ。もしかすると、出会いのシーンでショ糖を摂取する罪悪とコモリさんの語るメントスの爽やかさを対比させたのは、作品全体の雰囲気をここで調えようとしたのでしょうか。だとしたら脱帽です。

そして私はそれまでのストーリーが裏返るような読書体験が大好きなのですが、本作では(不安定で自己確立できない白に対して)飄々としているけど確立した大人として描かれてきたコモリさんの本音が露見するシーンの、それまでの景色がぐるっと回転するような展開がとても良かったです。また母親との対立シーンでは「敬語を使うのが“その時”の目印」と「敬語を使うのが、戦いの合図」とで、ここでも回転・逆転が見られ非常に気持ちの良い体験をさせていただきました。

爆発に関してはモンロー効果を「空っぽだからこそ出来ることがある」と定義したうえで空っぽな自分に悩む白がその爆発力を以て自分を縛る現実を突破する描写につなげており、そう来るかと唸りました。概念としての爆発は「これが爆発なんだよ」と説得力を持たせるために準備を要しますが、上手いことやってのけるなあと感心しました(と思いきやラストシーンでは爆薬そのものを持ち出すバカバカしさには笑わされました。もしかするとこれは一応実際の爆発も起こしておこうという保険の意味もあるのでしょうか)。

ところで白の独白の端々には工学、とくに電気電子分野を思わせる用語(テイラー展開インピーダンス、リアクタンス)が出てくるのですが、これは彼女が医学部にありながら本心では工学に惹かれていたということでしょうか。物語の本筋ではないところですが、少し気になったので回収があると嬉しかったです。

空白を抱えた女子高生と自由奔放な女流作家の出会いから恋の話。

すごいものを読んだ……。百合に関しては門外漢なのですが、2人の交流によって生まれるクソデカ感情に心を揺らされ続けました。これが百合……!

パイちゃんが受験期に感じているストレスなどは程度が違えど自分が学生の頃に感じていたものと似ていて、そういった点でのリアリティの高さで読者を惹きつけるのが上手いという印象を受けました。彼女が繰り返し自嘲する「自分は空っぽだ」という自認がその後のコモリさんとの関係性につながり、モンロー効果に関するエピソードにつながっていく構成の無駄のなさ、とても好きです。

コモリさんのキャラ造形も好きですね……。一見ちゃらんぽらんな大人に見えて、その実パイちゃんの事を人一倍考えている。不完全だったからこそ、お互いの欠落を埋めることができた。そんな彼女がパイちゃんの空白を埋めた後に消えてしまうのは、作中で語られる性格から考えても納得感がありました。

だからこそ、最後の展開がとても効果的だったと思います。『言葉を爆発』させたパイちゃんの2年後の展開に感じる明確なカタルシスと少しの違和感の理由が、「彼女が書いた小説だったから」だったら良いなぁ……。

 

005 エクスプロード、ウォッチタワー|狐

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短くしっかりとまとまった短篇を読んだ印象が強いです。お話としての面白さをしっかりと有しつつ、それが冗長にならないで、あくまでもすっぱりと組んでいるのが良さに繋がっていると感じました。世界観の、AN(アンチニュートン)空間がそこにあることを示す方法が簡潔で、ぱっとやってそれでおしまい、なのがよかったです。人によってはその状況含めて深掘りしたものを読みたくなる設定だと感じるのですが、あくまでもこの小説内でやるべきことは主人公と死んだ相棒の心理の部分ですよねと、ことが絞られていてよかったです。

主人公たる、凡人を自称する彼が、天才を自称する友人の文言や振る舞い等にあこがれ、それを抱き続けた挙げ句、天才を自称するまま死んだ彼よりもすごいことを実現してしまう、誰かの夢を完成させるに至るという終わり方自体が個人的にはよかったです。死んだ彼が天才ならば、彼は身の丈を判りつつ、黙々とものを実現のため続けること自体に才が合ったのだろうと思いました。そういう意味で、個人的にはアップル社のジョブス氏とウォズニアック氏の関係性めいたイメージを思いました(これはあくまでもわたしが脳内でリンクさせたイメージとしてのお二方だから、現実の彼らの関係性が正しくそうとは限らない)。どちらか一人だけだとそうはならなかっただろう、二者だからこそ実現、成立できるものだったのだろうなと思います。計画の果てに行われるのが「役立たずの塔の破壊」なのも個人的にすきです。それが死者への弔いになる、というしぐさ自体がよかったです。

派手な爆発と死者への弔いを要素として絡めてあるのもよかったです。ぼんやりとだけれども、爆発と死者への弔いを絡めた作品が何作か、今回の自主企画では投稿されていた気持ちがあります。死という静止と、動的な爆発、という要素が、組み合わせとして取っ付きやすいのかもしれない、とぼんやり思いました。また本作はパルクールの要素があり、この投稿作の前に読んだ花火師さんの小説もパルクールだったのがなんというか漠然と「なるほど………」という心理になりました。ハイローシリーズなんかもそうですが、パルクール要素をしっかりとアクションとして入れ込むと、シーンが締まるしかっこよいし、たのしくなるのかもしれません(なんなら最近みた米津幻師さんのMVにもパルクール要素があったので、個人的にこれらの同時多発的遭遇から、変な笑みが出た)

諸々としてわたしは、この小説の内容を楽しんだのですが、欲をいうならば、この小説との出逢い方の部分で、ほんとうにこれでよかったのだろうかめいた心理があります。恐らく、この小説がいちばん効果的になるのは、この小説内で言及があった「背景となる世界観」がなにかが別の短篇で示されている渦中にあってこそではないかと思ったためです。ニンジャスレイヤーの主たる世界や物語がまずあって、その世界を舞台としつつ、まったく別の人物とその関係性のお話が展開される場合のおもしろさ、めいたものです。なので個人的には、反重力(アンチニュート)エリアの事柄を別視点から、その仕組みについての諸々をもう少しメインとして扱ったお話をと組み合わせつつ、なんらかの短篇を2、3、書いてくださるとよりうれしく思うのですが、これはたいへん贅沢なお願いであるし要望なので、無視してくださって構いません。………

望み半ばにして命潰えた親友に、彼の望んだ非凡な死を与えるお話。最初は弔いの話だと思って読んだのですが、読み返すとこれは「死のやり直し」のお話なんですね。弔いができるようになるまでの過程のお話と言い換えても良いかもしれません。親友の死を受け容れて弔うという行儀のよい心情でなく、既に決定した覆せない事象を受け容れずに抗う、傍から見れば幼稚で無意味な心情。その無意味さは爆発対象も同様で、既に社会にとって何の意味もない遺物である監視塔は爆発させたところで誰が喜ぶでも悲しむでもなく、ただただコストとリスクがあるだけです。その愚かさで無意味な大仕事に、ただ己の魂に誠実であろうとするがためだけに挑む主人公の生き様が本作の魅力です。それをテーマである爆発とともに中心にドンと据え、短くも重厚に描いた見事な作品でした。

個人的には最後に主人公がウォルクと共には死ななかったのが最高のポイントだと思っています。この先も人生は続くのに「無駄なこと」に命を懸けて法にまで触れ、しかし本人に後悔はないというところが作品の軸からぶれずに貫かれていて良かったです。

明るくてバカでエモい葬式の話です。

 

006 死亡賭博の殺し屋達|転生新語

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どう受け取るべきかで少々悩んだのですが、さまざま設定についての説明が最初から最後まで怒濤のごとく書かれていること事柄自体が良さ、というタイプの小説だったと思いました。説明をすること自体に楽しさがあるもの、だと思います。バトル漫画や戦争映画でいうところの、作戦の説明であったり能力由来の戦闘方法や対策を会話するところであったり、そういう部分だけをわあっと書いてゆくとこの雰囲気になると思いました。

描かれているエンタメ的な展開と内容が「撮影物」の部類に入るというか、ドキュメンタリもの的な、かなり引いた視点位置からナレーション的文言で語られてゆく形式になっているのがわたしとしては印象的でした。読みながら勝手に思い出したのは「神々のたそがれ(2013年)」という映画を観たときの感覚です。その映画は、異星で展開する人間模様をただただ傍観者的に撮影し続ける3時間強の疑似ドキュメンタリものなのですが、それと似たような遭遇感が、ジャンルは違うものの、最中味わえた気がしています。読み手をそういう心理にすること自体が大事、というものに思います。側に居るのだけれど居ないものとして扱われる撮影者の視点というか、そういう位置から描写するからこその冷たさが全体にあった気がしています。

そういう示しの形式もあるから、特殊能力を有する異能者どもが戦う小説としての楽しさとはまた別の味わいに個人的にはなっていた気がします。このあたりはもう、組み方の好みでしかないと思うのですが、描写したい諸々についての説明が主となっている故、お話がいよいよ動き出す、タイトルの通りのものを堪能する前に本篇が終わってしまった感が強くあります。ラストに提示されて、省略された事柄こそを爆発小説として読めると、あくまでもわたしとしてはですが、より楽しかった気持ちがあります。

諸々から考えると、ここに書かれていたのはエピソードゼロ的なものだったのかなと感じます。別作品の名前を出して申し訳ないのですが「オーバーウォッチ」というゲームの、各プレイヤーキャラごとに10分程度の短篇映画が或る感じが部類としては近い気がしています(そして本篇はゲームとして楽しむ、という風な)。故に群像劇的視点感で、それぞれのキャラのエピソードを読めるとより楽しめたのかもしれないです。ただそうなると、たぶん10万字くらいの規模感でものを組まないといけないのだと思います。ですからこの短編は、長篇向きの題材の一部を載せてくださったのかなという結論です。爆発としては、蜂を操って人間の頭を吹き飛ばすところがすきでした。

超常的な力を得た犯罪者の跋扈する未来世界を舞台にしたクライムアクション。異能の由来たる異星人が人間社会の破壊を目的として積極的に悪人に力を与えていたり、それに抵抗するはずの政府も治安維持などでなく異能の解析と支配を至上課題としていたりと、悪意に満ちた作品でした。

通常ならば非能力者が敵うはずもない異能者の一人が逮捕されたという導入は興味をそそられ、その当人である雀蜂の皮肉めいて余裕のある語り口にも惹かれます。雀蜂のキャラクタは大変魅力的で、軍隊と対峙した際の「ば、馬鹿野郎が! 蜂で軍隊に勝てるかよ!」「逆だね、逆。何の対策もしていない軍隊が、十万単位の蜂を駆除できるかよ」とのセリフ回しなどは特に心躍りましたし、途中で明かされる『蜂の巣』のシステムや自己増殖の設定にも惹かれるものがありました。

それだけに後半では彼の計画の粗さが目立ってしまうのがやや残念です。フロッグとの戦闘を避けるために敢えて捕まったというのに特に安全も確保されないうちに護送部隊を壊滅させてしまったり、派手に脱走することで政府がどう対応するかという読みや情報収集の面でほかの殺し屋たちに後れを取ってしまったりと、前半で描かれた彼の凄味が後半で削がれてしまっています。追い詰められたと見せかけてフロッグを返り討ちにする、あるいは撒いてしまう算段があると期待して読んでいたので、偶発的な鵺の登場によってそれが為されたのは特に残念でした。一度窮地に陥ってからの逆転というのは王道ですし終盤では逆転を匂わせる描写もありますし、なによりタイトル回収となる「死亡賭博」が最終盤に登場するので、ここからが盛り上げ所だというのは作者さんも意識されていると思います。ぜひそこまで読みたかった!

余談ですが、雀蜂が通り名どおり蜂を操る能力であるのに対して敵役のフロッグが「カエルを操る」「カエルに変身する」などでなく少し捻っているあたりのネーミング、結構好きです。

異星人に寄生されて異能力を手に入れた殺し屋たちが殺しあう話。

何かスケールの大きな長編のプロローグ部分を切り出したような雰囲気を感じました。風呂敷を広げて読者に期待を持たせる作劇はパルプ的なエンタメ作品の味ですし、これぞ異能バトル!な設定の盛り方も楽しかったです。

特に好きなのはホーネッツのキャラクター性ですね。どこかふてぶてしく、一見すると強者に見えない佇まいから繰り出される凶悪な能力! 生物・無生物を問わずに“蜂”を操作することができる能力そのものが群れを操る女王蜂めいていて、残機が残っている限り広範囲攻撃も可能……。大量の蜂を足場にして移動するシーンは某スタンド能力を思い出してニコニコしました。

一方で、小説全体を通して説明過多な部分が目立ったことが気になりました。他の企画との兼ね合いで9000字上限の中で作品を書かれたとのことですが、列車脱出シークエンスに尺を引っ張られてフロッグとの対決シーンが少し物足りなく感じてしまいました。爆発描写も少し少なく感じたので、設定の解説や説明の部分を少し抑えるとより面白いものになるのではないでしょうか?

とはいえ、ホーネッツやフロッグ、鵺などのビジュアル的な面白さや派手さは非常に魅力的でした。続きがあれば読んでみたいです!

 

007 鋼に与える鉄槌|五三六P・二四三・渡

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爆発、を主題として、それを思想、ミームの伝播としてことを書いているのがとてもおもしろいお話でした。難しいお話だったのですが、「模倣子爆弾」の設定がとてもよく出来ていた気がするというか、企画を主催した身として「なるほど」という心理にかなりなりました。規模がものすごくでかいのは、シミュレーションゲーム的ゆえで、ひとつきっかけを置いたあとの時代、世代ごとで、なにがどう起こるかの観測それ自体をたのしむ風になっていたからだと感じます。飼育観測日記めいたもの、だったのかもしれないです。人物を極めてシステムの機構的に動かしてゆく結果として生じるトラブルや問題、好転、のようなもののさまざま、それらが生じてゆくこと自体がおもしろいお話だったと思います。

「無顔有貌の民」「無魂人」など、かなりしっかりとしたSF設定や観念をおいてお話を組み上げていることもすきでした。ロボットの事柄からは、違うかもしれないですがカレルチャペック氏の戯曲を思い出しました。クローンで生成される彼らの性質が違ったり、場合によっては人間としての思考回路が危ういものになるのも面白かったです。諸々の文言や出てくる存在たちの諸設定に、この小説内にある世界でなにがどうなったのかの想像がいろいろ頭の中を駆け巡るのもよかったです。いろいろ怒濤のごとくやってくるので一回の読書ではなかなか理解しきれないですが、これはむしろそういうもので、繰り返し浴びて栄養を得るためにそれらが配置されていたのだと感じました。

そういう諸々、枝葉の面白さをやりつつも、最終的にはある二者においての巨大感情の事柄にことが落ち着くのもよいと思いました。諸々の壮大な設定はあるけれども、最終的には対人関係の部分での、関係性自体に対する一考察とその回答、の部分になってくるので、着地地点としての読みやすさがかなりあると思います。これがあるからこそ、道中に出てくる文言の事柄が理解しきれなくても、感情としての部分の動向さえわかっていればよいから、いい、みたいな感じの組み方ができているのだと感じました。シチュ設定と人間模様とでことをやっていること自体におもしろさがあったと思いました。単純に強いと感じました。チョイス自体の強さです。それをチョイスできること自体にすごさを思いました。

ぽっと出される設定自体がかなりおもしろいと感じたのもあって、そこから更に、もっと長大な小説として書かれてもよいのではないかと、贅沢な悩みとしてすこし思ってしまいました。今回はここへ、二万字ギリギリでことを書いてくださっていますが、火星年代記くらいには規模が大きくてもよい気持ちがあります。既存作品の名前を出してあれですが、短篇から長篇になった「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」みたいなものかもしれません。ホラーものミステリ、アクションもの、劇中だとカニバリズムなど、どこまでも組もうと思えば永遠にものをおもしろく組める気がしました。文章として大きな規模感でこの、危険思想を振りまく設定を有する存在がその性質を行使していったらどういう問題がある一個世代でないしは今回のように数個世代にわたって生じるか、対応せねばならなくなるか。ゲームでいうところの「回す」行為自体のおもしろさをたのしむやつだと思ったからこそ、そう感じたのだと思います(これはなんというか、個人的に、毎回こういう感じで、スタートレックの日記みたく、32の最終報告書(ないしは始末書)を読んでみたくなったため、という側面もすこしあります)

ひとつあるとすると、冒頭の、時間を前後させている効果が、そこまで活きていないかもしれません。それを由来としてお話に面白さが加味されていたというよりは、どこをどう読み進めればよいかの混乱が初読時に生じた気持ちがあります。ただこれはなんというか、二回目三回目に読んだときにはそんなに気にならなかったので、わたしがこういう構成のものを読み慣れていないせいだった気持ちが強いです。二回以上読む前提の作品だからこその構成な気がします。またこれは、いまは修正されているやもしれぬのですが、数字の表記間違いが何カ所かあり、すこし悩みました。誤読でなければ、32が34になっていたり、213が212になっていた箇所があったと思います。小説内容が内容だからこその勘ぐりをした側面があります。細かい話になってしまってなんとも申し訳ないのですが、念のために書いておきます。

ムテチさんがそれぞれの世代で、すこしずつ違う見た目をしているのだろうなと想起できるのが楽しかったです。なんならそれをお芝居で表す側の表情を眺めたくもなる小説だった気がします。題材がとにかくおもしろかったです。爆発へのアプローチとして誤爆があるのがすきでした。ちゃんと一冊の本としてなにかを書いてほしい気持ちがとてもあります。

ロボットとクローンの人間関係をメインに据えたかなり骨太なSF。時代も文化も登場人物の容姿や常識も現実からかけ離れた世界を舞台とし、さらには主人公の出自も能力も行動原理も非常に複雑であるにもかかわらず、説明パートを入れることなくセリフや情景描写のみに語らせるのは非常に挑戦的で、しかもそれが成功しているのはお見事。

思考実験というか「このような出自の人物ならば、このような状況ならば、このような思想・行動になるだろう」という描写への説得力がとにかく凄まじく、奇想天外な設定ながら重厚な現実感があります。ロボットとクローンの人権問題、囚人を「列車」に詰めた大規模な実験とその中断作戦、模倣子爆弾という概念にそれを利用した文化の植え付け。とにかく目を惹く要素の目白押しながら、主軸をメリナと32の関係性からブレさせず纏めあげた構成力にも脱帽です。

爆発小説としてみると、おそらく今回最もロングスパンの爆発を扱った作品と言えると思います。実は私も「緩慢な爆発」というテーマで一本書こうとして色々頭をひねった挙句に挫折したので、この手があったかと感心しました。どの要素を取っても今の自分からは生まれない発想で、読みながら何度も唸らされました。 

クローン技術が発展した遠未来、とある任務に従事する少女とその部下の話。

五三六Pさんの百合SFだ! ある種の思考実験的なSFは大好物なのですが、その中でもクローンに関するものは特に興味深く楽しめました。

クローンが自分の誕生番号をミドルネームのように名乗る発想が好きです。ある種の個体識別的な意味があって、合理的なんですよね。「何番目のクローン」ということを文章中で違和感なく読ませてしまうという点でかなり画期的な設定だと思いました。

メリナがミームや思想を爆発的に広める『模倣子爆弾』という設定も良かったです。罪を犯したクローンに対して自滅を誘うためのキャリアのような存在が邪な感情を抱くと……大変なことになる!

メリナの番号が短い周期で変わる中で、“ムテチの32”はコールドスリープで生き永らえていく関係性もいいですね。作中ではクローン毎に人格や性格が分かれていたので大惨事が起きたわけですが、そこに存在し得る感情は確かに息づいている。それに対する32の想いもまた……という構図!

32はこのまま生き続けてメリナシリーズと関係を続けるんだろうな……と感じさせる作品でした。彼女たちの任務に幸あらんことを!

 

008 からすのかって|クニシマ

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素朴さがすきでした。日記を書いている少年の所感というか、物事の受け取り方自体がおもしろいと思います。もう一人のこどもとの関係性の描き方もよかったです。妄想の中だからこそ存在できる爆発と爆発の加害、被害、という風景が展開されていたのだと思います。実際にはそんなことはできっこないのだろうけど、読み聞かせのお話の中だけではそれらが現実になってくれる、みたいな、そういう良さがあったお話だと感じます。

爆発の妄想シーンは、シーンだけみると大変な描写なのですけれど、文言の組まれ方もあってか、どこかコミカルに読めるのがよかったです。砂絵だとか、おままごとだとか、人形劇だとか、クレヨンで描かれた、それがなにか判断は出来るがどこか不定型な姿をしている絵だとかそういう、子供が遊びの中でつくりあげた世界がそのまま破壊されてゆく感覚が漂っているのからよかったのだと個人的には思います。計画性とかそういうものではない、ほんとうになにか、遊びの延長戦として、子供達の脳内で犯罪行為についてが想像されているのがよかったです。

かつ実際、最初から最後まで、その爆発が実現することはない雰囲気が漂い続けているのがよかったです。子供の想像というか妄想でしかないのが虚しくてすきでした。食べたくない鯖の捨て方や図書館へ行こう、という文言と行くあいだ女の子に語り続ける内容のどこまでも妄想的な事柄の様子が書かれていたと思います。頭の中での妄想ばかりが肥大して、いざ現実でその妄想を具体化しようと思ったら、そもそもとして妄想の時点で知識不足が露呈してゆくようなそういう、犯罪行為の妄想とそれを実現しようとするも上手くいかない事柄に対しての虚しさがあったと感じます。

どうしようもなくやるせないお話。語り手の目線で綴られる描写の端々から嫌な景色が見えます。また「ぼく」がそれらを痛みや苦しみのような枠では捉えていないように見えるのが「ぼく」や「きみ」にとってはそれが普通の日常なのだろうと想像させられます。

どうしようもない現実の前に爆弾ですべて吹き飛ばす妄想に逃避するさまも読んでいて辛いものがあったのですが、これは大人として今の立場で読むからこその感想で、嫌なものを全部吹き飛ばして結ばれる妄想を語る二人にとってそれはとても輝かしく生き生きとした時間なのかもしれないなとも思わされました。一人称視点の物語なので描かれているのは語り手の見える景色のみですが、読者にはその爆発計画が実現はしないであろうことや「ぼく」や「きみ」を取り巻く状況は一朝一夕には改善され得ないであろうことが見え、その視点のギャップがやるせなさを生み出す構造になっていると思います。テキストと読者の相互作用で物語を作るというのは私には難しい芸当で、この短い作品でそれをやってしまうのはお見事でした。

まだ幼い「ぼく」と「きみ」が語り合うとある計画の話。

夕方の景色にはノスタルジーを想起させる特有の雰囲気があると思っているのですが、この作品ではそれが非常に効果的に為されていると感じました。

両親に怒られて家出をしている「ぼく」と周囲からイジメを受けている「きみ」はどちらも周囲の輪から少し外れた位置にいる存在で、そんな彼らは“純粋”に爆弾を作ろうとする。想像の中で起きるにはリアルすぎる爆発の想定は子供特有の残酷さと後ろ暗さで彩られていて、それが夕方から夜になっていく黄昏時の景色とリンクしていく雰囲気に圧倒されました。

彼らの爆弾製造計画は想像の中で終わってしまうのですが、明日改めて図書室に行くのでしょうか? 今日のことは忘れて、また違うことをやってそうですね……。

 

009 ちょっとした魔法を見せてあげる|尾八原ジュージ

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現実と過去の光景とが交差し、リカコさんの変化と主人公の変化が、重ね合わせみたくなりつつ、同じ場所での爆発の描写へ行き着くのがよかったです。これがうまく組み上げられているからこそ、爆発場面、建物の崩壊の光景がちゃんと活きたのだと思いました。諸々の場面の描写中、主人公が車を運転しつつ喋りかけている、事柄を想起しているのもあってか、場面としての停滞感が無いのが上手いな………と思いました。また、個人的には読みながら、すこし長めの、ドラマ的な組み方をしたCMの映像などを想起しました(内容が近いというよりも、過去と現在で場面の持って行く感じからそういうものを連想した、めいた事柄です)

学校が爆発しないかな、職場が爆発しないかな、みたいな妄想は、あるあるかどうかは判らないですが、人間の抱える鬱憤とかストレスの方向としてそうなるのが妙に楽しい気持ちがありました。手前で読んだ小説とも共通する事柄なのだけれど、なにかを爆発するというのは、束縛するものや抑圧されるものからの解放、みたいな文言が含まれているのかな、などをぼんやりと思いました。建物が解体されるシーンは、「ニューシネマパラダイス」のシークエンスをぼんやりと思い出しました。

前回の「逃避行」のときと同じでなんとも申し訳ないのですが、最後の収めをどうするかの部分ですこし悩みました。いまお書きになっている死の知らせで止めるか、その後をもうすこし書くか、それともすこし手前で終わるかという、小説の良し悪しに関係のない、個人の好みの心理です。わたしとしては、自分のなかで出来事をどう受け取ったかの文言が一言あってもよかった気がするのですが、そうすると今度は、一枚絵的にはなるかもですが、終わりの提示事態がくどくなる気持ちがあります。そう考えますとジュージさんの〆は、本をぱたんと閉じるときの引きの感覚が近いのかもしれないです。読み終えることと余韻という、思い出として整理を付ける、めいた方向性を大事にされているからこその終わり方だったのかなと、個人的には思いました。丁寧な組まれ方がとてもよい、構成力のうまさ自体を感じさせられたお話でした。

おそらく最も美しい爆発を扱った作品だと思います。切なく現実的でありながら、人のもつ強さと優しさへの信頼が見えるのが大変好みです。

少年時代の少年にとっては母親をはじめ周囲の大人は頼れる存在ではなく、魔法を見せてくれたリカコさんが彼をささえてくれる大人として映ったことでしょう。その少年が今度は魔法を使う側に回ったことで、リカコさんも彼を大人と認識し「祥太郎くん」と一度だけ名前を呼んだのかな、などと想像します。子供じみた「魔法」を使う事こそが大人たるものの役目だ、という構成が美しく、やはりロマンチックな大人というものは良いものです。

構成の面ではやはり前半と後半の「魔法」が対になっていることが美しいです。先述したように少年が青年へと成長したことを示す大人のバトンタッチでもあり、少年からリカコさんへの恩返しでもあり、少年を迷い路から引き上げる迎え火であるとともに旅立つリカコさんに手向ける送り火であったりと、ふたつの爆発には様々な意味が込められているように感じます。その魔法の正体が特殊能力でもなければ壮大な計画でもなく、簡単に見破られる手品未満のものであったことが、本作をロマンに振りきらずに現実につなぎ止め、だからこそ生身の人の強さ・優しさを信じられる作品になったのかなと思います。

私の勝手な読み込みかもしれませんが、作者さんがこのあたりを意図してやっているとしたら凄いな、と思いました。

小さな頃にお世話になったリカコさんの現在と、彼女がかけた“魔法”の話。

アフターおねショタだ!!! 「少年」呼びのおねえさんだ!! 美味しい!!!!!!!!!

……失礼しました。あまりにも大好物で取り乱しました。

少年の頃に憧れたおねえさんが10年後に病に侵されていた……というストーリーのお話でした。幼少期の「ぼく」にとってのリカコさんは灰色の日常を彩る鮮やかな色彩で、世界の中心だった。彼女がかける魔法の力に救われていた部分もあったのかな……ということを考えると、その後に大人になった主人公がリカコさんとドライブに行くことに無限の味わいを感じます。楽しかった日々は朽ちることなく磨かれ、彼女の最期の願いを叶えることにつながったんだな……。

また、お互いの魔法がどちらも「自分の力ではない」という部分が好きです。花火も、爆破解体も、自分の力が無くても進んでいく。それを魔法に変えたのは彼らの解釈の力で、どこか人生の縮図のようなものを感じました。リカコさんの病気が回復することはなくても、“最高の魔法”を見せることができる。その構図がラストに重なっていく構成の綺麗さは流石ジュージさんだな、と感じざるを得ません。

最高のおねショタだった……!!

 

010 拝啓、宮古さんへ|あきかん

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この文章区画のみ、かなり個人的な話ばかりになりますしかつ、もうたいへんな自己陶酔的な羞恥と内輪の文言ばかりになるので、お読みになる方に対してまず、ことを謝っておきます。たいへん申し訳ありません。あきかんさんもすみません。悩みつつの記述となっていることをお詫びします。

わたしとあきかんさんがTwitter上にて相互フォロワーになったのは、時系列的にみますとこの小説を投稿されたあとの出来事です。なので一通目の最初の文言は、あきかんさんとの応対としてはあまり正しくはないです。また、冒頭に出てくる「我楽多島の傀儡」は、情けないながら未完のままになっているわたしの、実在する小説で、最後、無理やり完結さすべく唐突なる爆発―――つまりは「爆破オチ」を用いることで一度完結した小説です(現在その「爆発END」はきれいさっぱり抹消され、起こったことは確かですが、小説上の記載としては「なかったこと」になっています。当時読まれた方の感想がありがたくも残るばかりです)。今回の企画内でその文言が出てくることにはある種の運命を感じました(自作を爆破したゆえの呪いであると、わたしとしては受け止めております)。いやいやそんな大それた風に捉えてどうするのだよとは思うのですが、そういうていで書かれているので、そう捉えないといけない気が個人的にはしています。

話を戻しますが(戻す戻さないの以前に、解釈的行為をする際に現実と虚構を行ったり来たりで話さざるをえない小説とは思います)、この、相互フォロー関係の記述がカクヨム上での事柄を主として書いているのだとすれば「それはそう」という気持ちになりました。………なりましたけれどもそうした気持ちで読んだ後にカクヨムを確認しましたらば、わたしとあきかんさんはまったくもって相互フォロワーではありませんでした(小説の相互フォロワー同士ではあるはずです、たぶんですが)。―――ということでここにあるのはやはり「架空」の関係性、ないしは現実を基としてそこからなにかが飛躍した関係であると思います。危うく誤読をするところだったのでお詫び申し上げたい気持ちですが、けれども読みとはどういうときもさまざまな誤読の発生と連鎖をしつつなんらかになってゆくものであろうとも思いますから(都合ばかりがよいですが)、これら心理は心理として留めておこうと思います。

けれどもやはり冷静になると「いやしかし、お手紙を出すほどの絡みや関係があきかんさんとにあったかしら」めいた状態になってしまうので、そのあたりの距離感の受け取りをどうすればいいかで一応、かなり悩みました。が、まあ、なんでしょう。やはり、といいますか。なんらか、つまりこの場合はわたし、現実には存在しつつもペンネームという噓をまとったそもそもが虚構とまぜこぜのわたし―――を根底のモデルとしたものと、あきかんさんを題材とされた(わたしはそう捉えました)まぜこぜ人物との関係性が、小説的な仕組みありつつ現実の心情ないしは事物であるとして書かれたもの。それがお手紙として来ている風に捉えました。つまりどういうことかといいますと、よくわからないということです。などという、こねくりの挙句の捉えです。

ひとつ、単純に前提を捉えるならば、江戸川乱歩氏(ここで乱歩氏のお名前を出すのは少々気が引けるけれども)に手紙を出すていで書かれたお話、小説、みたいなものだろうか、ということです。それにより、江戸川乱歩氏の性質を有する分身めいた存在が小説内に降ろされる、神様が神でなくなる、人物になる、キャラになる。死ぬ可能性があるし、突然生き返ることもある。パペットマスターないしはトリックスターの思うままになる。操り糸の人形となる、そういうような位置づけになったものであると思います。筆記により事物を捉えるというのはある種そういうものな気持ちがあります(そもそも人間の捉え自体が混ぜるというものであるとも、無知なりの頭で思います)。わたしを神的に例えるのはたいへんおこがましいので、あくまでも立ち位置としてのお話と捉えていただきたく感じます。そうした受け取りを基本(らしきもの)としつつ、なんなら、隔離をしつつ、ぼんやり文言を書いてみます。

基本はコラージュをやっているのだろうかと、個人的には思いました。わたしに対しての手紙を基本として、それを重ねて行く最中に、それぞれ、関連があるのかないのか判然としない、さまざまの事件の光景やスクラップが這入り込むことで、本来意味の無い場所に意味を産み出そうとしているような気がしました。ですから、そこに関連を見いだそうとする行為を行った時点で、これを読む人間心理としての動きにひとつ成功しているのだろうと思います。それぞれがまったく無関係の、完全に分離した似たものどもの集合体として読むのもまた、正しい向きなのだと思います。そのどれもが正しくて、どれもが間違っている気がします。

これはコラージュだという捉え自体が、そもそもそうなっているとも思います。人間がそれを読む以上はひとつ、なにか指向性めいたものをその中から見いだそうとするからこうなるのかなと、わたしとしては思います。近しいものを持ち出したり、類似を探したり、そういう観方になるが故のバグというか錯誤というか、そういう現象的なものを文として閉じ込めている気がしました。そういう爆発に思いました。そういうものが文通としてわたしに投げ込まれている気がしました。受け取れたかはわからないですが、ラストがとてもすきでした。記述されている爆発描写としては、1986年の項がわたしはいちばん好きです。「爆死はまだあるかもだけれど、爆風信仰とはなんぞや」という心境になれたのがよかったのだと思います。こういう事柄を書いて、なにかがさあ始まるぞ、始まりそうだぞ、という風にしていて、結局のところは合間合間に過ってゆくものでしかない、みたいなところには、筋肉少女帯の楽曲の合間に繰り出される文言の感覚などを想起しました。そう言う意味で、文中記載があったとおりに、寺山修司さんの映画と人物の絵面がずうっと浮かんでいました。それで良かったかはわからないですが、そうなってしまいました。

諸々書いてみましたが、他の評議員さんがこれをどう読むのか気になります。わたしひとりだったらば良いのですが、結果的に今回は三者で書いているので、「主催であるわたし(らしき人物)の事柄が作中題材として出てくる手紙、ないしは小説」に対しての評議が書かれること自体に妙な小っ恥ずかしさがあります。困らせているやも知れぬという申し訳なさもあります。ただこれらは、なんというか、冒頭からの長ったらしい事柄の中にもすこし書きましたが、読む立場にある人間を直接、作品評価対象の場に降ろしているという意味で、演者と評議員(ないしは観客)の関係性のまぜこぜをしようとしているのかもしれない、とわたしは思いました。舞台上へ人間を強制的に上げることで発生をする戸惑い、晒すことそれ自体の面白さ、演劇的なもの、のような文脈なのかもしれません。ですからこれは、悲しみを告白する手紙という体で小説を書くことにより、対象を小説内へ呼び込もうとする儀式、なのやもしれません。こっくりさんかもしれません。が、わたしはほんとうには出ませんので、爆発や諸々を題材として振りまきつつ行われた「爆発小説版ゴドーを待ちながら」みたいなものだったのかもしれません。関係ないかもしれません。このようになにか、真面目な体裁を保ちつつことを捉えていいのかわからないですが、こんな諸々をぼんやりと思った次第です。これでよいのかはわからないですが、これでよろしくお願いしたいです。欲を言うならば、このようなていのお話ですから、仮にもしわたしを基とした架空キャラクターが創作世界に登場をしてわたしのていでしゃべったらどういう動きをしただろうか、という点が気になってしまったことです。それがあったらまた読んでみたい気持ちが一応はあるのですが、それはつまり生ものですので、なんとも心理が難しいです。お手紙をありがとうございました。ちょうどよい距離感でいたいです。

タイトルから察するに主催者の宮古さんを絡めることで現実とフィクションとのリンクを楽しむことを意図した作品なのだと思いますが、それを十分に楽しみ得るのは宮古さん本人に限られますので、私はあくまで「宮古」というキャラクタに宛てた手紙形式の作品として読みました。

作中では手紙パートと独白パートが交互に提示されるのですが、それぞれの繋がりがぼかされており、難解なストーリーでした。手紙パートと独白パートの語り手は同一なのか、そもそも独白パートそれぞれの語り手は同一人物なのか、手紙を宮古氏に宛てた意図は何なのか。様々な部分が明示されることはなく、断片的な情報から読み取るか、あるいは読者の想像にゆだねる形式なのかもしれません。終章での独白から、周囲の人々の死を見送ってきた語り手の虚無感やストーリーの輪郭が見えるような気もするのですが、私には自信をもって読めたという事はできません。

先述のタイトルからしても何らかの意図に基づいた表現形式だとは思うのですが、残念ながら私は本作に適した読者ではなかったようです。もしも自作解説をされる機会があるのならば読んでみたいです。

蛇足ながら、文そのものは大変美麗で読みやすく、音としても非常に美しいものでした。

相互フォロワーに宛てた手紙と無数の死が結びついていく話。

あきかんさんの過去作を何度か講評させていただいたことがあるのですが、そのたびにどこか詩的な言葉の使い方をされる方だな、という印象がありました。今作においてもそれは顕著で、この企画の主催である宮古遠さんに向けた手紙の裏に宗教団体の殉教が絡んでいく……という謎めいたストーリーにぴったりの文体だと思いました。

メタフィクション的な構図の中にある“死”の描き方や宗教団体の爆死事件など、読者を牽引できるフックが豊富にある一方で、それらが結びつきそうで結び付かないままラストまで来たな……という印象が残りました。謎が明かされる寸前で手を離されたような不安感があり、何度読み返しても実像を捉えられない感覚は長所にも短所にもなりうると思います。

作品構造としての強さに対して「主催に向けた手紙」という一番大きなフックが内輪受けの方向性に作品を狭めてしまう気がしています。あきかんさんは外側に目を向けた作品を書かれるとさらに面白いものができると思うので、内輪受けに頼らない外向けの作品を楽しみにしています!

 

011 しぶき|神澤直子

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爽快でした。なにかを爆発させる異能を有する方が、シンプルにその異能を用いて鬱憤を晴らすお話に思いました。ほんとうにもうシンプルに「キレる」発散のお話で、それが良さになっていると思います。すこし違うかもしれないのですが、こういう不満をなんらかの相手から与えられたけれど、こういう仕返しが出来たからスカッとした系のお話のラストを爆発にしていたものだったのかなと、なんとなくですが思いました。

ゴアもののB級映画的なノリとよさとはこういうものという気持ちがあります。目の前に提示されたお二方の様相なり態度からしても、もう、最初の登場時点で「この人たちが爆発しなくてどうするのか」という気配がずうっと漂っているからよかったです。爆発の描写としては、頭の爆発がいい感じに綺麗なのがとてもすきでした。まず描写として頭の破裂でなく、破裂によって身体にかかる血液から描写がはじまるのも、個人的にはすきでした。

間男の様相や態度、同棲する彼女の仕事時の雰囲気と表裏、戸惑い、主人公のキレる理屈、カウンターの店主のリアクション(この、店主のリアクションが、実に生っぽくてすき)、それらがなんというか、キャラクター的であるはずなのにどこかでみたことがあるようなものをしっかり有しているのが、非常にバランスがうまいなあと個人的には唸りました。会話の空気感の組み立てがしっかりしているからこそだと感じます。人物のリアクションを書くのがとても上手い方なんだと思いました。爆発に至った後、まあいっか、になるのも好きです。とにかくリアクションがすきでした。以降完全に吹っ切れるのだろうなというラストシークエンスもよかったです。

最初は爆発能力を制御できるかどうかの葛藤を描く心理モノかと思っていましたが、案外あっさりと能力を行使してしまったので、どちらかというとナンセンスさを笑いながら読むべきだったのかもしれません。

能力行使のきっかけとなったのは寝取り男の発言だったのに先に対象となったのは元彼女のほうだったのが意外で、さらに語り手本人は半ば無意識にそれをやってしまったように見えます。より強い憎悪を元彼女に向けていたのか、あるいは逆に恐怖を与えることなくという情があったのか、それとも他の理由があるのかと思って読み進めていたので、その部分の解決があると嬉し待ったです。が、マスターの反応や本人の感想を見るに、そういう作品ではないのかもしれません。

それにしてもこの作品に「しぶき」のタイトルを当てるのは、体温や臭いや味までも想像してしまって趣味が悪いです。やられました。

物質を破裂させる能力を持つ青年と、その恋人と浮気相手の話。

最悪!!!!!!!!!(褒め言葉です)

神澤さんの作品は人間のしょうもなさとか悪性みたいな部分をフィーチャーして描かれる傾向にあると思っているのですが、今作でも「異能を得た普通の青年が人を殺すまで」をしっかりと描かれていました。

主人公の彼女と間男が最悪で良いですね。主人公は努力してダイエットを行ったためか、それをしなかった他人を見下す傾向にある。そんな彼が許せなかったのは、浮気そのものより「自分が下に見られたこと」だと思うんですよ。異能があるという優越感も含めて、一旦タガが外れると気に入らない他人を虐殺しそうだな……。

ヴィランの誕生経緯としては非常に小市民的で、その卑近さが共感性や怖さにつながっていく面白さを感じました。この後どうなるんだろう……。

 

012 ゾンビたちの黄昏|大窟凱人

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読んでまず、動けるタイプのゾンビだと感じました。のろのろと歩くタイプのゾンビものではなくて、俊敏な動きを可能とする、アクションタイプのゾンビで、かつ身体能力の強化方向としては、バイオハザードなどの方向性の感染することで人間としての別可能性を得られるもののように思いました。けれどわりと身体がもろかったりするようなので、そういうゾンビ特性のいいとこ取りをした何かだろうかと思いました。

そう言う意味でも、最初の数行でそうした、B級映画的テイストのゾンビだと理解しつつことを読めたのが良かったです。ゾンビサバイバルものだけれども、サバイバルをするのが自我のあるゾンビ側というのも、どこかコミカルでよかったです。導入の省略感といい、サクッと始まるこの読みやすさといい、用法として正しいかわからないですが、人間以外のなにかになる異世界転生ものめいた面白さと良さがある小説だった気がします。世界観の広さに戸惑うかもと思ったのですが、案外そんなことはなくすんなり読み進めることができたのも、そういう、省略のうまさと目的のわかりやすさがあるからこそだったと個人的には思いました。

まだまだ続きそうなところで終わるのが少々、もったいない気持ちがあります。ひとつの短篇として楽しむならもうすこし長く、8千字くらいの長さでここにあるアクションと思考の諸々を組んでほしかった気持ちがあります。ただ、なんといいますか、100分の映画を10分ほどの短篇にして組んでくださったようなおもしろさなので、特性としてなにを優先すべきかと問われるとどう答えたらよいか、なんともむずかしい心理になります。ゾンビ映画のオチと考えればこれもまた一興な気はします。あとはもうなにかあるとするれば、爆発をするのが手榴弾の描写程度ということくらいに感じます。これだけでも問題ないですし、爆発を絶対的なテーマの主に添えてほしいわけでもないので大丈夫なのですが、もっとド派手な爆発をゾンビ世界観由来として拝みたかった気持ちが、正直あります。

ゾンビ・パンデミックが終息しつつある世界にて、知性あるゾンビとしての身体を手に入れた主人公が自身の生存のために人間を迎え撃つお話。長い年月を経ているからか主人公のアイデンティティは完全に人間から離れていて、山狩りをしにくる人間を完全に別種の侵略者とみなしているのが良いですね。この思い切りにより、おそらく作者さんが最も描きたかったであろう戦闘シーンを(言ってしまえば余計な)葛藤を挟むことなく純粋に戦闘として楽しむことができました。一方で主人公はゾンビという種(?)にアイデンティティを置いているわけでもなく、呼び寄せた仲間ゾンビの群れを完全に道具として扱っているのもまた面白かったです。

戦闘描写としてはゾンビの強みと弱点を整理してそれを活かした戦略を練り、さらには奥の手まで隠し持つという力の入れようで相応の読みごたえがありました。また戦闘経過も優勢→油断→反撃…ときて一時の感情に身を任せたゆえのピンチ、そしてピンチからの脱却とスリリングでした。が、奥の手の種明かしを先にしてしまったため以降のリスクを負う展開やピンチの展開での緊張感が削がれて感じられたきらいは少しあります。さらに欲を言えばクライマックスの解決にこそド派手な大爆発を見たかった気持ちも少しあります。

人間の頃の自我を残したゾンビが自らの生存のために人間と戦う話。

逆転ゾンビサバイバルですね。人間の方が優位な立ち位置にいて、ゾンビが生存圏のために戦う。その反転構造が楽しい話でした。

ゾンビ物の魅力の一つとして「少ない物資を使ってゾンビと対峙する」要素があると思うのですが、主人公のゾンビは人間と戦うためにそれを行う! 爆発要素として出された手榴弾の威力が高すぎるのも好きです。

一方で、人間の大群と戦うための手段が「山にいた大量のゾンビを放つ」事だったのが少しだけ引っかかりました。人為的に制御できない、という説明がなされていたのですが、これだと冒頭で説明された人間とゾンビの逆転構造が弱まってしまう気がするんですよね。落とし穴とかで戦ってほしかった……!!

長編のプロローグのような雰囲気を感じる作品だったので、続きを楽しみにしています!

 

013 爆葬|押田桧凪

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「推しが爆葬を望んでいる」―――この文言をわたしの好いている「推し」立ち位置にある方から聞いた場合に、どういう心理になるだろうかを多少考え、派手でいいじゃないかと思うと共に、わらってしまう気がしました。散骨だとか樹木葬だとか、埋葬方法はいろいろあるけれども、その中でも爆葬を選べるようになるのはなんとも面白いなと感じました。

葬儀会社の爆葬の理念説明としてまず、ビッグバン概念の説明がはいるのだろうな、的事柄を、劇中の文言から想起できたのがトンチキで嬉しかったです。かつ実際そうかもしれないという謎の説得力があるのもよかったです。そのあたりの設定構築がちゃんと凝っているのが好きでした。国土交通省だとか製鉄所だとか諸々の文言がでてきて、爆発のためにかなり真摯に取り組んでいるのか感じられたのが個人的にとてもすきでした。マイケルベイ監督が経営する葬儀会社なのかもしれないと勝手に思いました。

わたしとしてはこういう、「光景としてはトンチキないし奇妙なもののはずなのだけれど、劇中の人々が総じて極めて真面目にそのトンチキを取り組んでいる」のがとてもすきでして。かつそれが、なんらかのジャンルもののお話の形をしっかりと踏まえているとより好きになりやすいです。たとえで出して申し訳ないのですが(出してよいかわからないが)、「リトルトウキョー殺人課」や「徳川セックス禁止令」などという映画と同じ方向性の良さを、かなり感じました。諸々の文言の登場の仕方がかなりのパワーを有しているのが、大好きでした。

爆葬するくせにあいさつは「えーこのたびは………」と、ちゃんと厳かな感じなのもすきでした。ツボでした。かつそこから、銀テープと誤認して灰を無我夢中でつかもうとしているシークエンスが訪れるから、もう、笑えてだめでした。的確に秘孔を突かれたような状態になってしまいました。甲子園の土のように死んだ推しの爆発四散した推しの灰をファン達が嗚咽を流しながらカメラでパシャパシャと取られる光景は是非とも眺めたいと思いました。かつ集めたい気持ちもとても判るので、トンチキの光景をやりつつ共感できる感情で引き戻すバランスがとてもよいなあと思いました。力があると感じました。僧侶のもっともらしい説明を、笑わずに聞ける自信がないです。

ただ、もちろん冷静になると、爆葬を一般開放するとかなんだよ、どういう葬儀だよ、とはなります。なるけれど火葬だって遺体を焼いて、そのあとに骨を拾うわけですし、宗教観の違いから土葬を主とする方々から変に思われる事柄と、違和感の部類としてはそんなに違わない気持ちがあります(土葬に対しては、ゾンビ映画なんかみたいなもので、出てきそうで怖い心理がある)。実際わたしはあの、火葬後の骨拾いのくだりが苦手で、半ばトラウマになっているのですが、そう考えると爆葬は「さっぱりしていていいじゃないか」みたく思えてならない側面が、多々あります。

一点あるとすれば、ほんとうにささいなことなのですが、ラストの終わり方がもうすこし、しんみりの気持ちを共有しつつもある地点でスパッ終わりを迎えるものになっているとよかったのかもしれないです。ただこれはなんというか、ほんとうにもう、わたしの好みのあれでしかないので、現状のお話の組まれ方でもたいへん面白いと感じます。トンチキをやりつつも大真面目に登場人物は作内でその状況に直面し生きているという、方向性としてひとつ読みたいものが読めたので、個人的な満足感がめちゃくちゃにある一篇でした。企画に変なものを出してくださり、ありがとうございました。

爆葬という架空の葬儀形態をベースに、推しのアイドルを弔うお話…と思って読んでいたのですが、これは残された者が故人を偲ぶお話ではなく、信仰する神を失いそれまで神へと向けていた視線を自分自身に向けざるを得なくなった宗教家のお話と読むべきなのかもしれません。あるいは生身の人間であった推しに(勝手に自分の命を委託して)神として祭り上げてしまったことの是非を問う作品であるのかもしれません。

神を仰ぐばかりだった視線を自らに向けざるを得なくなったときに人はどう解決するのか、あるいは解決しようとすることは正しいのかは難題ですが、物語の語り手は「推しと一緒に爆ぜてしまいたかった」と締めくくり、いまだ停滞の中にいます。それが生々しくリアルで、物語に厚みを与えているように思います。

余談ですが、爆薬の原料や関連法律についてある程度詳しく調べられているのには笑いました。フィクションの物語は一つの大胆な嘘と、それを本物のように見せる無数の小さな嘘から成り立つと考えているのですが、本作では「爆葬」という大胆な嘘のために色々調べのだろうなと唸らされました。

急死した“推し”の爆葬に立ち会う1人のファンの話。

純文学でした。現代文学において“推し”の存在はかなり重要な位置を占めると考えているのですが、この作品では推しの死生観を通じて喪失や推し活の悲哀が描かれているように感じます。

『爆葬』という概念そのものはそこまで普遍的ではなく、今回の企画で被ってしまったことに内心驚いているのですが、爆発の「何も残らない」という部分を残された側の寂寞感に繋げる構成は思いつきませんでした。遺灰を銀テープの如く求めたがる様子は滑稽でありながら、推し活の本質をどこか達観した視線で描かれる価値観の一端が見えた気がして興味深かったです。

アーティストやアイドルの死には後追い自殺が付き物だと思うのですが、この世界でも後追い爆死とかあるのかな……?

 

014 地蔵爆破|武州人也

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地蔵を爆破した結果として、罰が当たるのでなく、なぜか運気がぐんぐん上がってしまい、けれども―――という、シンプルに「なんらかのこわい話」テイストで組まれているのがよいお話でした。ものとしてはエッセイ的な風を取りつつ書かれていて、それが尚更になんというか、話をする相手に対する、こちらの聞く体勢への変化を促していた気持ちがあります。サクッと読めてサクッと不気味を味わえるあたりにうまさを感じました。

爆破された地蔵由来かは判らぬけれども、最終的にその人が爆死を遂げるのが、運命論的な持って行き方でよいと思いました。爆破されたお地蔵さんとしてはどういう心境だったのか、気になります。彼らが散々富を得てから爆殺してやろう、めいた罰の当て方だったのでしょうか。小便をかけるとその次の日に陰茎がえらいことになる話みたいなもので、爆発の場合はその間のスパンが○○日みたく決まっていたのかもしれないなど、勝手な想起をいろいろしました。

罰を当てるまでの間逆に幸運が舞い込むのは、一応お地蔵さんなりの良心なのかなと思ったりもしました。けれどもこれはどちらかというと、劇中での言及としてもあったように、一旦幸福を味わわしたうえで不幸に落とし込むという事柄をやっているわけだから、キレていないというよりも果てしなくぶち切れているからそうしたんだろうなと、地蔵スタンスなら思います。短いながらもしっかりと奇妙を味わえるお話だったと思いました。爆発の光景が、ばかばかしいシュールな派手さを有していて、よかったです。

在りそうでなかった爆発怪談。派手で勢いのある、言ってしまえば陽のイメージの爆発はじっとりと湿った霊的な怖さとは相性が悪いかと思いきや、なるほどこんな手が、と感心しました。罰当たりな行為のはずなのに何故か真逆のことが起こるのが却って不気味であったり、かと思えば因果ありげな結末を迎えたり。怪異の存在や理屈が見えているようで見えない塩梅が絶妙で、ぶつ切りの結末も相まって何とも言えない後味の悪さとうっすら残る怖さの余韻を感じさせます。聞き手の「私」が西島氏の話の途中から酒を飲むのを忘れていたり、彼の死に深入りすることなく紹介だけして切り上げたりといった挙動を見るに、読者には明かされない何らかを「私」は感じ取っていたのかもしれないな、と思わせる手法も怖さを倍増させ、短いながらも綺麗にまとまっていてしっかり怖い、良い怪談でした。

若い頃に地元で地蔵の爆破を目撃した男の話。

いわゆる「猿の手」型のホラー類型的な話かと思いきや、地蔵を爆破したことと幸福が訪れたことへの因果関係が=で結びつかない。その不条理さがこの作品の肝だと思いました。西島氏が馬主を行えるほど稼いでいる理由が地蔵爆破による運気上昇なら、不幸は彼の身の回りに起きるはずなのです。だとすると、その後の爆発火災事故で彼自身が犠牲になっているのは本当に祟りが原因なのか? 運が尽きると祟りが自分に返ってくるのか? そもそも熱に浮かされるように地蔵を爆破した理由は何か? 不条理な怪異にルールを付けてなんとか理解しようとする人間の姿を見ているようで、そういったホラーが好きな自分としてはかなり満足度が高い作品でした。

また、はがちさんの作品でたまに出てくる競馬要素が今回も出てきたのも好きです。2022年現在、現実世界では京都競馬場が工事中なので、少し前の時代の話なのかな……。

 

015 Stained by me |姫路りしゅう

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日常ものアニメ的な雑談感がすきな小説でした。そういう、日常をまずやりつつ、そこから奇妙のある場所へいく、という冒頭からの流れは、ドラえもんの映画なんかでもお決まりの事柄なので、とてもいいなと思いました。スタンドバイミーなんかもモロにそうですが、なんらかの話をきっかけとしてそれを確かめるための冒険へ出かけるというのは、やはり、それでしか得られない栄養素があると、個人的には思います。ホラー映画に対しての説明にはたいへん共感できるものがたくさんあってうれしかったです。

そういう心理で読み出したのですが、なんというか、「うぇっどっないっ」の心理で読み進めていたら「はろーうじょうじい」のほうがきちゃった感じがあるお話だったなと思いました。思えばどちらもキング氏の小説であるし、たしかにドラえもん映画だってそういうことになるよな、なんていう変な納得がありました。そういう現象と遭遇した挙げ句一気にそういうオチがやってくるのは、唐突と云えば唐突なのだけれど、前段でそもそもとして「唐突なオチ」についての言及をしているから、あまり違和感がなかった気がします。要素に対する空白部へ意図的に物語を終わらせるべくしてやってきた唐突なオチ感があって良かったのだと思います。

これは過言やもですが、「がっこうぐらし」的なジャンルまたぎをしているお話だったのかもしれない、めいた気持ちもあります。日常から非日常への事柄を極限まで高めてゆくと、「フロムダスクティルドーン」じゃないですが、そういう半ば、ジャンルまたぎ展開が生じると、個人的には思っているので、そういうものを瞬間風速物的に爆発企画で読めたのは、とてもありがたく感じました。ただこれは、別にまたいだワケでなく単純に冒険もののジャンルとしての展開の一種と遭遇した事柄、のようにも感じます。日常会話のシーンのやりとりが「ぬるめた」という漫画くらいに可愛らしく感じたせいかもしれないです。スタンドバイミーの死体の正体がオカルト呪詛的なものだったらこうなるお話を読めた気がします。

同じシーンを二回繰り返す事柄、二回読むことになる事柄は、あまりテンポを損なわない形で組まれているほうがよい気持ちがあるので、どうしてもわたしとしては、今回の組み方のやり口として、お話の進みのテンポが損なわれることが気になりました。ただ、これがあることで、小説のもつ日常シーンの、お互いの心理を丁寧に書くことがきちんとできているので、それをするためにこの組み方を優先されたのだろうなと個人的には判断しました。あとこれは完全な事故なんですが、女の子が口から髪の毛を引きずり出すシークエンスで、AIさんが描画した「ラーメンを食べる樋口円香さん」を連想してしまいまして、怖いシークエンスのはずなのに妙なおもしろさがありました。ほんとうにもう、どうしようもない事故なんですが。………

「理解」こそ人間の幸福だと主張する冬と、「理不尽」こそがそれだ主張する夏奈とが互いの主張をかけて怪事件の噂のあるトンネルに冒険をする話なのですが、正確に読めているのか自身がありません。

トンネル内では次々と怪現象が起こりますが、これは夏奈には望み通り「理不尽」が、そして冬には「理解」が与えられ、それは果たして幸福なことだったか? と問うような意地悪なオチなのかなと捉えております。読者の目線は夏奈を通すので、お話全体を通して非常に脈絡がなく理不尽に見える…という表現なのだと思いますが、違っていたらすみません。もしも冬の視点を通して描いていたらどのような作品になったのでしょう。彼女のように何かを理解してしまったら、と想像も膨らみます。

もう一点、タイトルを含めStand by meのオマージュと思われる部分がいくつかあるのですが、本作とどのように繋がるのかちょっと読み取れませんでした。すみません。

仲のいい2人の少女が廃線跡地を探索する話。

いやーーーー、いいホラーでした。そこに謎めいたものがあれば人の好奇心は刺激され、それがトラップになりうる。「解くなのタブー」から生まれる不条理は好きなホラー要素なのですが、それと爆発オチを組み合わせるとこんな味わいになるんですね……。

りしゅうさんの作品の魅力の一つに「キャラクター同士のユーモラスな会話」があり、今作でもそれが遺憾なく発揮されていたところが好きです。平たく言ってしまえば百合的な関係性の2人の対極な性格やスタンスから生まれる会話はこれから起こる出来事に対するガードを緩めるのに効果的で、油断したところに的確な右ストレートを食らいました。よく考えたら最初の段階で怖かったんだよなぁ!!

廃トンネルの怪異の正体はなんだったのか? 知ってしまうこと自体が怪異と接続するきっかけのようで、それ以上の追求ができないのが悔しいですね。アイデアロールで正気度下がるやつだ!

 

016 あの素晴らしい世紀末をもう一度|平坂四流

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爆発の異能を持つ殺し屋のお話なのかな、と思って読み始めてゆくと可愛らしい女の子が出てきて、すこし戸惑う、みたいな味で事柄が展開されているお話だった気がしています。だから味付けとしましては、基本ハードボイルド系統なのですが、絵面としてはどこか、漫画で言うと劇画では無くて抜けた感じの作画で、けれど、真面目な話が書かれているなにか、みたいなバランスのものだと、個人的に思いました。そうするからこそ暴力性が映えるなにか、のようなものだった気がします。橘花ちゃんが終始かわいらしいのがよかったです。絵としては殺伐とした光景だったり、暗そうだったり、キタノブルー的な絵がありそうなのに、彼女だけはずうっと画面の中で一定の色を有したまま居てくれそうな安心感がぼんやりとあるのがすきでした。

異能の殺し屋もののようで、しばらくは戦わず、どこかのんびりとした日常ものめいた空気感が展開してゆくので受け取りに最初悩んだのですが、数度読んだ挙句、ヤクザが非日常から日常へ、果ては童心へ回帰し、そこからまた非日常へ戻ってゆかなければならなくなる、的な構成で組まれていることに気付いて、結果、北野映画的な向きがあったのかなと感じました。この小説の場合は死ではなく、そこからヒーローの方向へ向かうので、回帰、が結果的に主人公によい影響をあたえたのかな、などとも感じました。

お話の構成としてはひとつ、エンタメとしてあるべきモノの骨組みをしていたように感じます。映画的な構成だったというのが正しいかもしれないです。それゆえに小説として読んでゆく際には少々、本来映像として伝わったほうがよいであろう箇所に対しての理解がすこし遅れてしまった側面があったのですが、ただそれでも、基本的には、アウトローな人間が日常をやって、また非日常に潜り込んでゆく的なお話がなんらかのプロローグ的に読めるので、よかったのだと思います。爆発としてはもっとあっても楽しかった気持ちがありますが、この構成だからこその量だった気持ちも強いです。

このお話もなんといいますか、別のところでも出したのですが、オーバーウォッチの短編アニメの事柄みたいに、なんらかの物語の前日譚として構成されているお話だったのかな、と感じました。そう考えると納得の行く構成だった気がします。ラストで主人公の諸々と、橘花ちゃんの諸々がわかるようになっているのがよかったです。

爆破の能力を持つ殺し屋が、なるはずだったヒーローへと至る回顧録で。主人公の来歴や周囲の人間を含めた人物像、取り巻く人間関係が詳しく描かれており、物語世界の奥行きを感じさせます。また登場人物それぞれに癖があり、短い物語の中でも裏社会の人間としての格や不気味さを感じられて良かったです。依頼の際の態度から依頼主を値踏みする様子はプロらしく、逆に不審な依頼に対してどこか捨て鉢な様子は後に明かされるように殺し屋という職業が本意ではなかったことに繋がっており、舞台演出を兼ねた仕込みが上手いなと思いました。

一方でそちらに比重が大きく偏ったのか、物語の中心ともいえる殺し屋からヒーローへの転身は思いのほかアッサリと為してしまったように映りました。第4話での回想を見れば雨宮が殺し屋という職業に矜持や思い入れがあるわけではなくむしろヒーローにこそ憧憬を抱いていると窺えるので不自然ではないのですが、佐倉とのやり取りのなかで殺しの依頼を放棄した切欠が分かり辛く、個人的には佐倉と雨宮の会話にもっと尺を割いても良いのかなと思いました。

ところで本作では叙述トリックが用いられており、最終盤に雨宮の正体が明かされる仕組みとなっています。このギミック自体は意表を突かれて楽しく読めましたが、作中の他の要素とリンクすることはなく単発の驚きで終わってしまったのは少し勿体なく思います。どうやらシリーズ物の一辺という事なので、シリーズ内の他作で活かされるのかもしれません。

【爆発】の異能を持つ殺し屋の過去と現在の話。

この作品は秋乃晃さんの『パーフェクトシリーズ』と世界観を同じくしているとのことでしたが、雨宮と橘花はオリジナルキャラでしょうか?

雨宮のキャラ性が好きです。ヒーローに憧れながらも、自らが戦うべき敵を常に探している。自らの得てしまった能力を活用するために闘争を必要としなければならない。そんな状態で殺し屋を続けている矛盾を抱えている状況だからこそ、最後の展開がスムーズに腑に落ちました。また、一人称で勝手にくたびれた青年だと思っていたため、読み終わった後にそのキャラクター造形に驚きました。淡々とした描写の中に確かな熱を感じる、良いキャラクターだった……。

一方で、異能の爆発描写が冒頭のシーンだけで終わったのが少し残念でした。彼女の異能が活躍するシーンをもう少し見たかった……。

 

017 脳髄爆発世紀末|宮塚恵一

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量子ウイルスによる頭部爆発現象という、SF的な設定で事が発生しているのですが、読み味してはホラー的なオカルト方向のものになっていたのが面白かったです。発生した現象とそれへの対策の流れがどこか、呪いのビデオなどにおける対処法と、その対処法がべつにただしいわけではなかった、みたいな流れに沿っていると感じられたせいかもしれません。それに云ってみれば、リングの呪いのビデオの事柄もSF的なものになるので、親和性が無いわけはなく、むしろ合致するのかなと、思います。

そういう意味でこのお話は、原因の解明と封じ込めの成功。蛇性の淫なんかでいうところの、ラストの壺の中へ封じ込める事柄だけを早急に展開してやっているよさがあると感じます。オカルトものの映画のラストシーク、シンゴジラでいうところの薬をがぼがぼ呑ませるシーン、そういう部分のうまみだけを食える小説というよさという感じです。いっそ省略できるなら、手前のくだりはぜんぶ省略してしまって、解決シーンだけを浴びたいという、そういう心理が生じるときが生きてるとあると個人的には思うので、それを得られてよかったです。

けれどそういう「絶対にこれが成功のための事柄なのだ」をやりつつ、そんなものは人間達の思考によって導き出されたちっぽけな解決法に過ぎないし、上位存在からすればつまらなかったりずると感じたら問答無用で終わりにされる、というのがもう、とても理不尽でよかったです。ありんこを飼って遊んでた子供が、ありんこの巣に水をぶっかけて死なせる、みたいな無邪気さがあって、よかったと思います。「思ってたんと違う方法で解決しやがったから殺す」―――理由が実に単純明快ですきでした。なんらかの映画を期待してみにいって、けれどその映画の内容が「思ってたんと違う」となってうだうだするときの心理が「爆発」に至るとこうなるのかなと思いました。

物語に対しての試行を延々と繰り返している事柄とシーンとしては似ているかもしれない、みたいなことを、想定されていないかもですが、個人的には想起しました。没になった展開、世界とそれを眺めて「面白くない」から×をつけた創作者と、爆発していった登場人物達、それがSF的設定を借りて小説になっていた、というような感じです。―――だいたいなんといいますか、SF的な現象に人間が対処するみたいなお話は、むしろこういうどうしようもない終わりが来るほうが普通、なのかもしれないと思いました。解決なんていう理屈が通じるものではないだろうなという。外星人とあえて呼称しますが、彼らの声が聞こえてくるところは、タイガー道場めいているというか、なんらかのノベルゲーで、間違ったルートを選んだ後に出てくるメッセージ的な雰囲気と良さがあるのがすきです。短いなかでいろいろの面白さの旨味を組み入れているあたりに、筆力を感じた一篇でした。

理不尽で超常的な現象をどうにか解析して抗う人間の強さ、とみせかけてそれを嘲笑う逆デウス・エクス・マキナでした。私はこのブラックジョークのような結末、大好きですね。いかにも意味や法則性がありそうな数値を設定し、笹賀や峰越の掛け合いやドラマで盛り上げ、大三木氏の犠牲と引き換えに光明を見せ、具体的な対策方法や死にゆく被験者のケアの様子までもをしっかり描写したからこそ、そうやって重厚なSFドラマを演出したからこそ、最後に台無しにされる展開が笑いに結びつきます。ゴールに向かって収束するために無駄なく要素が配置され、じっくり練られた精緻な作品という印象です。オチにやられたぜと思ったらタイトルで思いっきりネタバラシしているのも憎いですね。

個人的な好みとしては最後のネタバラシは謎の存在の声による直接的なものでなく間接的に人類が知るようなものであったならもっと良かったという気持ちもありますが、では具体的にどうしてそれを知れるかというと簡単には思い浮かびませんし、人類の英知をかけた大規模作戦を「ムカつくハメ技」などと言わせる面白さも確かにありましたので、やはりあれがベストだったのかもしれません。

突如として頭部が爆発する病気に立ち向かった人間の話。

ウィルス性感染症は現代のご時世的にも他人事ではない話なのですが、それが対策のしようがない量子ウィルスだと話は別ですね。「感染者を死ぬまでひたすら隔離し続けることで新規感染者を減らす」という対症療法でしか根絶させる策がなかった……というのがウィルスの強大さを感じました。

発症時の凶悪な症状や感染力のえげつなさから「人間を確実に絶滅させるためのウィルス」のような理不尽さを感じたのですが、最後のシークエンスから推察するに「上位存在が人間を遊び感覚で滅ぼすための道具」だった感じですかね? 上位存在、許せねェ……!!

 

018 空から落ちてきた魔女の話|七瀬モカ

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ファンタジー世界を舞台としたものを、ようやく読めた気持ちがあります。思えば爆発描写として出てくるものは、総じてどちらかというと、ビジュアル的には現実世界を主として、そこからゾンビパニックやSF的設定、という、爆発をするにしても爆弾つまりは火薬に起因のあるものが多かったので、魔法に起因のある爆発の事柄として、かなり新鮮な気持ちでお話を読むことが出来た気がします。

内容としては魔女っ子のお話で、空から落ちてきたその魔女っ子との出逢いをきっかけに、騒動、最終試験の練習の事柄に巻き込まれる、という、少年少女の読む作品としてあるべきお話の形をしている作品だったなと思いました。出てくる女の子の質感が可愛らしいし、男の子やお友達とのやりとりもまあ可愛らしかったので、「わたしにはこの出力はないなあ」という、変な感心をしました。また、爆発も爆発で、攻撃としてのものでなく、あくまでもお菓子作りの失敗シーンなどで出てくるのがミソだと思いました。可愛らしいものをかける方が爆発を書くと、爆発も可愛らしいシークエンスになるのだなあと、たのしかったです。

気になりがあるとすると、場面場面の転換点が、転換点、というよりは漫画で言うところの次ページへゆく、の感覚に近かったことかもしれないです。漫画としてこの事柄、書いてくださった展開を読むぶんにはこれでよいと思うのですが、小説としてものを読む場合には、書いてくださったテンポがすこし損なわれる気がします。そう言う意味では、漫画のネーム的な、文言としての組み立てをされていたのかな、と感じました。絵がある状態で読むと、また印象が変わる気がします。あとは、なんといいますか、今回書いてくださったものは、ゲームでいうと、合間合間にある会話シークエンス的なものだった気持ちがあります。そうして会話があった後にゲーム内で料理のミッションをするだとか、ミニゲームがあるだとか、そういう風な内容として組んでおられた気がします。それゆえに、アクションものでいう大立ち回り的シークエンスが省略されているので、そこの旨味をもうすこし味わってみたかった気持ちがあります。

魔女っ子の女の子達の可愛らしい世界観がとてもよかったです。地雷原爆発や頭部爆発、地蔵の爆発、推しの爆発、プルトニウムの爆発などなど、たいへんに殺伐とした爆発ばかりが発生をしていた企画内で、こういう方向性の爆発を書いてくださったこと自体を、個人的にはありがたく思います。

空から落ちてきた魔女と主人公の交流を描くほのぼのしたお話。爆発というある意味暴力的なテーマなのかで最も平和な爆発をしてみせた作品で、顔がほころびました。

語り手の青年は面倒事を厭って極力魔女との関りを避けようとしますが次第に彼女のペースに吞まれ、終盤には(うるさいとは感じつつも)笑みを浮かべて「楽しかった」と言うまでになります。彼をそのように変化させた魔女の無垢さや天真爛漫さ、あるいは我知らず周囲を幸福にする力が本作の魅力と解釈します。なのですが、個人的には語り手の青年と相性が今一つだったようで、彼が面倒事を避けようとするタイミングでは私はもっと知りたいと思い、彼が手伝いを決めたタイミングでは何故このタイミングでと疑問に感じてしまいました。もしかすると青年の心情の変化はもっとオーバーに描くくらいでもよかったのかもしれません。

とはいえ魔女の魅力は十分に伝わる、読んでいて心地の良い作品でした。

空から落ちてきた魔女とクールな少年が出会う話。

七瀬さんの作品を何作か読ませていただいた所感だと「ティーンエイジャーの女主人公視点のピュアなアオハル恋愛小説」の印象が強かったので、今回は爆発をどう絡めるか楽しみにしていました。少年主人公を主体とした児童書的な王道現代ファンタジーですね……。

空から降ってきた少女という題材はボーイミーツガールの王道要素ですが、そこから未熟な魔女とやれやれ系の主人公の出会いを描いていたのが好きです。七瀬さん的にはあまり挑戦してこなかったジャンルにチャレンジされたようで、この冒頭から爆発要素を交えて完結させるまでかなり苦労されたんだろうな、というふうに感じました。

一方で、大きな物語が始まりそうな冒頭に対して展開のミニマムさが気になりました。2人の関係性は徐々に進んでいるように感じたのですが、最終試験に主人公がほとんど関わることなく魔女が自己解決して終わっていた部分が少し消化不良でしたね……。失敗の過程でなんでも爆発させてしまう魔女をシナリオで生かすために、「魔女の失敗を主人公が食い止める」要素があれば物語の展開的にも違和感がなくなるのではないでしょうか。

七瀬さんの作品に特有の牧歌的なふわふわ感は明確な魅力の一つだと思います。それを生かすためにも、物語の構成について今一度しっかり考えられるとより面白い作品が作れるのではないでしょうか!

 

019 雨天願えど花火は上がる|御調

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爆破予告が届く市役所、これだけで頭を抱えたくなる事柄だなあという想起が沸いて、個人的には爆笑をしました。爆破予告。いやはや、ほんとうに遭遇したくない事柄だなあと思います。オフィスが爆発する光景というと、いつか、ビルで起こった爆発の映像を個人的には思い出しました。そんな遭遇をすることになる市役所が玉谷市であるというのもまた、妙な運命を感じましたし、そういう名前であるからには派手に爆破されないといかんのではないか、とも思ってしまいました。

爆発をしても仕事はしなきゃならない、というあたりも好きでした、なんならその爆発に対して、じゃあどういう文言で爆破値についてのフィールド展開をすべきかというような、自体に対する対処の部分での悩ましさないし思考感がリアルな雰囲気漂っていて、好きでした。こういうときになにをどう発信すると、発信した情報を受け取った聴衆を味方に付けやすくなるだろうか、というのも、情報戦としての向きを感じられてすきでした。

なんにしてもとにかく、踊る大捜査線パトレイバーシンゴジラなんかもそうだけれど、その要職につく方々の、はあ、というため息や、問題を聞いてリアクションをする感じがわたしは、どうにも大好きで、そういうシークエンスというのを浴びることが出来たこと自体が、この小説の面白さとしてはありがたかった気持ちが強いです。そこで仕事をする人たちの会話感からしか得られない栄養酵素があるとわたしは勝手に思っているので、この小説はそういうものを、爆発の事柄と合わせて食べることができるのが贅沢に感じました。

問題に対処する人たちの会話感が、大変なことであろうに、コミカルなのがとてもよかったです。仮に漫画で考えると、動物のお医者さんの作者さんが書かれているような絵の感じになるのだろうかなどと、勝手に想起しました。だからなんというか、起こっている事柄としては大変な事態のはずなのですが、それがどうも締まらないというか、間抜けな感じに思えてしまうあたりに面白さがあるのだろうなと、個人的には思わされました。オチの持って行き方含めて、課長と主人公の会話諸々が、落語的なものだった気持ちがあります。そういう面白さだったと個人的には思います。

自作です。人間の愚かしくも愛おしい様をニヤリと笑えるお役所コメディを描きたかったのですが、はてさて如何だったでしょう。ここまで偉そうな講評を書いてきて「じゃあお前はどうなんだよ」の気持ちに苛まれつつありますが、楽しく読んでいただけたら幸いです。

市役所爆破事件にまつわる広報課と他部署との静かな戦争の話。

冒頭の爆発でトンチキな話か?と思ったのですが、実態としてはユーモラスなお仕事小説でした。こういうお役所仕事あるよな〜、というリアリティがすごい!

爆発という大きなトラブルに乗じて不祥事を隠蔽しようとする組織体質に対して広報課が選んだ答えが好きです。“爆弾”に物理的な意味と比喩的な意味を持たせて、最後に文字通り爆発させる。短編としてのカタルシスと構成の妙は御調さん作品の魅力だな〜という風に感じました。

細かい部分ですが、玉谷市という名前は花火の掛け声である「たまや〜」からですね? 読み終わる直前に気づいて思わず笑ってしまいました……!

 

020 太陽を宿した妹(仮題)

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自作です。死そのものをどうしても吹き飛ばしたい心理がありました。主催がラストぎりぎりというあるまじき事態ではあるのですが、なんにしても一作、投稿できてよかったです。

失った妹を虚構の中で太陽とすることで留め、死を悼むでもなく否定するでもなく、(こう表現するのが適切かわかりませんが)信仰や陶酔に似た感情の中で生かそうとしたお話に見えました。

妻となった女性を妻を第二の妹として虚像の中で同一化したり、周囲一帯を巻き込む(言ってみれば最悪の形で)自死を迎えたりと、語り手の中にはもう自分自身と妹しかいなかったように見えます。妹が遠い昔に無くなっていることを事実としては認識しつつも、また自身もそれを受け容れたように振る舞いつつも、もはや彼の目には現実は映らなくなっていたのかなと思います。

これはもしかすると作中で詳述するのは野暮なのかもしれませんが、現実に妹が宿していた「子」を語り手が「太陽」に置き換えた理由、彼にとって太陽とは何であったのかが私には掴み切れずにいました。太陽とした理由が彼の撮った映画の解釈にもつながると思うので、それが分からないとこの作品を半分しか味わえていないという感覚があります。

原子爆弾を孕んだ妹の死体にまつわる話。

タイトルから「太陽を盗んだ男」を想起したのですが、その連想が作品全体を貫く軸になっていたのが特徴的な作品でした。全体を通してざらついた色彩を感じる前半パートと劇中劇の答え合わせが行われる後半パートでスタイルを変えながら虚実が入り混じっていく展開は「さよなら絵梨」や寺山修司作品的なソウルを感じました。

僕が作中で特に好きな要素として「エンドマーク」概念があります。映画が妹の存在を残すためのものなら、それに対して楔を打ち込む存在が必要です。そのためのエンドマークとして「爆破オチ」があるのが、主催の宮古さんが爆発小説に求めている矜持のようなものを感じてすごく刺さったんですよ……。これがエントリーとしては最後の作品だったことも含めて、メタ的にも面白いものだったと思います。ある種爆発小説の総括のような空気を感じました。

企画の〆がそのままタイムリミットのように感じる、いい小説でした。ナイス爆発!

 

座談会

座談会は2022年10月30日(日)、22:00から行いました。

講評と被る文言が多いですが、会話の流れを優先し、なるべくそのままにしています。


三者各人による作品選出

A:えーではでは。爆発描写のある小説自主企画、みなさま20作品の講評、おつかれさまでした
B:おつかれさまでした
A:逃避行から第二回目ということで、今回、本来であれば、前回と同じでわたし一人でやろうかなと思っていたんですけれども、まあ今回、爆発物のBさんとCさんという形で、ご参加頂けてほんとうに嬉しく思っております。その点あの、ご協力いただきましてほんとうにありがとうございました
B:はい
C:おつかれさまでした
A:で、では、ではではなんですけれども、20作品読んで頂いたということで、推しの作品がね、2作品程、各人であるかなと思うんですけれども、
B:そうですね
A:それをですね、ま順番に、挙げていければと思います
B:そうですね、まなんか、一応、本家というか、ほかのところだと、他の人の意見を聞いて忖度しないように一気にみたいのはありましたけど、ちゃんとわたし決めてきてるんで、大丈夫かなと
C:そうですねぼくも決めてあるんで
A:あ、そうですか。でしたら、わたしも決めてるんで、大丈夫かなと。………
B:じゃあもうA、B、C、の順で
A:行きましょうか
B:はい
C:お願いします

A(主催)選出

A:じゃあまずわたしから、二作品挙げさせていただきますと、まず一作目が………「爆葬」です

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B:爆葬
C:おおー、爆葬よかったですもんね
A:で二作品目が、悩んだんですが………「鋼に与える鉄槌」を挙げたいと思います

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B:おお、はいはいはい
C:はい
A:それがわたし二作推薦、でございます。ではつぎ、Bさん、おねがいします

Bさん選出

B:はいわたしですね。わたし一作目が、だいぶ悩みました。「鋼に与える鉄槌」です

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C:おおー
A:被りましたね
B:もうひとつはジュージさんの、「ちょっとした魔法をみせてあげる」………この二作です

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A:はい。ありがとうございます。(諸々メモする音)―――確認しました。ええでは、次、爆発物Cさんの二作品、推しを挙げてください。お願いします

Cさん選出

C:はい。ぼくもですね迷ったんですけど二作、まず一作目が………ごきげんようモンローマイディア」

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B:モンローマイディア。はい
C:で、二作目が………「鋼に与える鉄槌」

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B:おおー
A:ああー
B:おやおや、満場一致ですね
A:ということは、満場一致で、五三六P・二四三・渡さんの「鋼に与える鉄槌」が、今回の企画で、いちばん爆発してたなあという小説ということで、三票入りましたんで決定です。わー
C:わー(喜びの声を出す爆発物Cさん)
B:おお、ちょっと意外でしたね
A:わたしとしても、もっとなんか割れるかなと思ってたんですけれども、
B:スタンダードなところをもっと、云ってくると思ってました
A:そうですか
C:ぼくもばらけるかなと思いつつ、この二作に落ち着きましたね
A:なんかわたしはあの、なんですかね、アプローチがめっちゃよかったもの(鋼に与える鉄槌)と、単純にめっちゃ気に入っちゃったもの(爆葬)とで選んだんですけど、それが結果的に三者の票が一個ずつ入ることになったのかな、と思いました
B:ぼくちょっとあの、この座談会に向けてメモを書いてきたんですけれども、推し作品がいま二つで、あとから触れたい作品てのがあったんですけれども、そっちに「爆葬」もあるんですよね
A:おお、なるほど
B:いやあしかし、納得です納得
C:非常に納得するメンツでした
A:わたしとしてもなんというか、疲労困憊な心境ではあったんですが、「ああ、確かに三票入るならばこの作品で納得だ」と思うものが選ばれたので、たいへん満足な心理にあります。よかったです

全作品を読み終えて思った参加作の爆発傾向

A:ということで全体20作品、今回、なんだかんだで、評議員三者三作品合わせて20作品でね、最初は10作品越えるかどうかわからなかったですけれど、なんだかんだで20作品行ってよかったなと思っています
B:うん
C:ちょうどきりのいい数字で
A:今回振り返ってみるとですね、なんだかんだで冒頭の爆発作品と、爆発オチをした作品は、両方ともそれなりにあったなという印象が個人的にありました。その点は、けっこう個人的にはうれしかったな、というのがあります。………で、あとはなんでしょう。意外とすくなかったな、と思わされたのが、「引火系の爆発」が少なかったのですよね。起爆系はそれなりにあったんですけれども、引火するタイプは、吉原炎上みたいに、なんていうんでしょう事故とか、ドリフみたいなタイプの、こう、引火してーとか、導火線方向のものはこうー少なかったなとなりましたね
C:ピタゴラスイッチ的な
A:あ、はい。ま、ピタゴラスイッチ的なものも、ううん………
B:なかった、なかったかもしれないですね
C:なかったですね
B:うん
A:それがけっこう意外だったかもしれないですね。企画内での傾向としては。扱いとしては起爆か、あとこう、あのなんか、葬儀方向の、こう………
C:ああ
B:ははは
A:弔いのための爆発、みたいな方向がですね、非常になんか共通項としてあったのが、とてもおもしろかったです
C:そう。葬儀被り
B:ねえ
C:おもしろかったですね
B:な、なんでそこ被るんだ、ていう思いが、ありました
C:ボクは、あんまり被らないテーマだと思ってたんですけどね、
B:んふふふ
A:そこがひとつ面白かったなあ今回、となりました。あとはあの、七瀬モカさんがお書きになられていた―――
B:魔女のやつですね
A:はい。「魔法」の方向性の爆発ですか
B:はいはいはい
C:ああー、確かに無かった
A:あれがこう、確かに一作しか(そういう方向性のが)なかったので、逆に印象的だったなと
B:うん
C:そうですね
A:基本的にはみなさん、あの、火薬系の、物理的爆発?を基本とされていて
C:ああーそうですね
B:あとはなんか超能力というか、能力としての爆発が結構
A:ええ、そうです。あと超能力。で、頭が爆発する系ですね
C:ああー
B:キングスマンに引っ張られたのかな、みんな
A:あー確かにそういえば、お書きになられてましたからね
B:結構爆発能力は、なんか、ストレートに爆発させる人が多かったですね。もう、そのまんま、人体爆破ですとか
A:カップルを爆破させるやつですとか。あとあの、宮塚さんの
B:はいはい、あの、ウイルスか
A:解決したと思ったら、という
C:ウイルスで爆発せるやつ
A:量子ウイルスを漁師の字にいっつも誤変換しちゃって、勝手に困ってましたね、わたし………
C:あはは
B:ハンターウイルス
C:ハンターか、フィッシャー
B:フィッシャーマンか
A:なんかだからこうみてみると、あの、アクション系のものから、異能系、メタ系、弔いなり、人間部位破壊なり、なんだかんだで爆発は多種多様な格闘種目みたくなったなと思っております
C:そろいましたね
A:まあ、ということでなんでしょう………全体的な感じでぼんやりと話すと、多種多様でありつつ、葬儀系が、何故か(たくさん)あったなってのと、引火系が割とすくなかったけれども(引火は偽教授さんの小説くらい)まあ、みなさん、爆発させたいものを爆破させてらっしゃった気がします
B:一人ぐらいなんか、粉塵爆発とかやると思ったんですけどね。だれもやらなかったですね
C:やらなかったですね
A:もうちょっとしっかりとした「何作品こんな感じでしたよ」みたいなのは、またきちんとね、後でわけれたらなと思っておりますが、疲弊しきってるんでなんとも、できますかどうか。………
B:ボクもね、爆発についてちょっと、分類しようとしたんですよ。どんな爆発があったかって
A:おお
B:ぼくは爆発っていうのは「破壊」だという風に思ってまして、例えばそのアクションものとかバトルものとか、あとは教授のやつもですし。事故とかそういうの扱ってるのは、実話だったり平和の破壊としての爆発。で逆に、逆でも無いか、自分を抑圧するものとか縛るもの、を破壊して自由になろう、てタイプの爆発は、あれかな、ジャンキージェットとか、狐さんのもそうですね。モンローもそうだ
A:体制とか、社会のルール的な異物に対しての反抗、みたいな感じですね
B:そうそう。………で、そのどちらでも無くて、破壊ではないって云う爆発があったな、ていうのが意外で、それが「爆葬」だとおもうんですよ
A:ああ
C:そうですね
B:まあ勿論、推しの身体を爆発させてるから破壊はあるんですけど、なんていうか、ストーリー上でそれを破壊ことが目的では無かったのが、この「爆葬」と「ちょっとした魔法をみせてあげる」だと思ってて、これがなんというかぼくは、爆発と云えば「なにかを壊すもの」と思ってたので、捉え方がいいなという風に、感じましたね

各作品についての会話

止まりたくないの

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C:ぼく結構意外だったのが、感情を爆発させる系の爆発があんまりすくなかったなーと思ってます
B:なかった。なかった。あったけど
C:いわゆる概念的な爆発
A:心理感情。ええとね、モンローマイディアが割と、そうだったなと
B:そうそう
C:モンローマイディアとあと、
B:あと、ええと「止まりたくないの」か
A:あ、ええ、あの、ね
B:地雷原をね、走ってゆくやつ
A:赤井風化さんのあれも、爆発としてみたい光景のひとつではありましたね。特撮的背景の中を走るっていう………
C:ああーあの、背後で爆破するみたいな。戦隊ヒーローの背後で爆発するあの
A:そうですそうです
B:あの赤井さんはなんかね、ちょっと前にフォロワーさんの間で、すこし話題になって、「この人は小説上手いぞ」て風に云われてたのは知ってて
A:はい
C:そうですね
B:読んではいなかったんですけど、今回読んでみて「ああ、これが噂の」と思って頷かされて。ああ確かにうまいなあと思いました
A:あの、持って行き方がね、とてもスムーズにやりつつ、脳が受け入れられるように組んでらっしゃるのが、よかったですね。でそのままやりつつ、突飛なはずなんですけど、受け入れられちゃうみたいなバランス感覚がすごかったなと
B:そうそう
C:一見トンチキにみえてすごく、整然と並べられてたなと
A:そうですよね
B:整合性みたいなのを結構重視されてるんだなあというのを感じて。割と文だけ読むと、勢いで書いてるように見えるんですけど、たぶん何回か書き直してるんだろうなってのが、わかりました
A:とても計算された文章だったなと
B:親近感を覚えます

爆葬

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A:………「爆葬」なあ
B:「爆葬」、よかったですね
A:わたしめちゃめちゃ刺さっちゃって。なんかあの、推しが爆葬してほしいというところからこれだけコミカルな風景とあとあの、なんかやたら爆発について調べてるなみたいな文言感を根底に置きつつ―――トンチキっちゃトンチキなんですよ。異文化をみてるみたいな、それをリアルに読めてるな、みたいな感じがすごくおもしろくて
B:はいはいはい
A:それにプラスして、主人公のファン心理みたいのがけっこう、ちゃんと書いてたのがよかったですね
C:ぼく、すごく「爆葬」は、現代純文学的だなと思って、いわゆる現代純文学って結構その、推し活というか、推しを失う的な作品が結構増えてるな、という印象を受けるんですけど
B:最近ありましたよね、推しが死んだってやつでしたっけ
C:そうですね。その中でも、作者の方が、わりとそういうものについてしっかり知識ありながらも、結構引いた目でみてるなと思って。客観的にみてるなと思って、そこが結構興味深いなあと思いました
B:これね、ボクも多分、Cさんと同じ感想を抱いたと思うんですよ。講評にも書いたんですけど、これはなんか最初ボクは、親しいものとか愛するものを失った個人を悼む話だと思って読み始めてて。途中でこれ違うなと気付いて。これは宗教だと思いましたね
C:そうですね
B:「信仰していた神を失った宗教家は果たしてどうする」みたいな話だと思って
A:うん
B:いままでは神さまを仰いでいれば良かったのだけれど、その姿勢を自分自身に移さなければならなくなった、ていう人間の混乱というか、どう受容するみたいな話、として読んだら面白いんだなこれ、ていう………
C:ぼくそれでいうと興味深いなというか、すごいな、と思ったシーンがあって、あの、爆葬によって、爆発した灰を銀テープのようにファンが集める、ていうシーンがあって
B:あったあった
C:確かに、「推しを爆破させる」というテーマでしか出ない表現だなと
A:「甲子園の土」みたいな、表現もすきでしたね
C:そう
B:あれよかったですよね
C:そこで銀テープてのを用いるリアリティてのがすごくこう、アイドル文化に接してる方だなって云う知識と、それをなんか引いた目でみてるなっていう。風刺的なコミカルさがおもしろいなって
A:和尚が、真面目なんですよね
B:んふふ
A:和尚真面目なとこがすごいおもしろくて。までもそれはそうなんですよ。お葬儀なので。でも絵面が爆葬だからなあとなったところで………
B:天に届くでしょう………
C:シリアスな笑いなんですよね。シュールで
A:しっかり推したい
B:宮古さんも言ってたけど、爆発物とかその、ね、法律について調べてるのがほんとおもしろかったです。まじでなんでそこそんな詳しいんだよって
C:すごいよかったですね。結果的にこうトータルに最後まで読んだときに読み味がちゃんと純文学テイストだったってのが。すごくワザマエを感じたというか、ただもじゃないなこの人ってなりました
B:「爆葬」はこう、迷って、迷って迷って、最後にはずしたんですよね
A:うんうん
B:なんていうか、文、作品としての完成度でいくと「鋼」がかなりうえのほうで、
A:それはわたしも、「絶対はずせないな」と思ったので、(「爆葬」と「鋼」の)ふたつになったのですよね
B:「爆葬」をいれると、変化球を二ついれることになってしまうかなと思って
C:なるほど
B:迷ったんですね。変化球、でも。ここで一応なんかね、ボクはテーマだけではなく、尖りすぎだけでもなくて、読みやすくてしっかり書かれた話を評価したいから、ちゃんと書かれたところを評価していこうと思って、「ジャンキー・ジェット・ファイアワークス」と、「ちょっとした魔法を見せてあげる」………このふたつは非常にきれいで、小説をこれから書こうって人はこの二つをお手本にしましょう、と思いました

ちょっとした魔法を見せてあげる

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A:「ちょっとした魔法」はほんとに、シーンの組み方がうまかったですよね
C:そうですね
B:ちょっとした魔法はもう、ほんとに、お手本みたいでよかったです
A:言い方が正しいか判らないですけど、そのままなにかの、「爆発CM」にできそう、みたいな………
C:ああ
B:えへへへへ
A:そのくらい組み方がしっかりしてたなと
B:本当にうまかったですよね

ジャンキー・ジェット・ファイアワークス

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A:「ジャンキージェット」はもう、なんていうんしょうね、慣れた方が書いてるよなって完全に思いました
B:身内の、アマチュアのやってるコンテストに応募するようなレベルではない
A:構成の組み方が極めて理路整然とされていてですね。なんていうか、このまま例えばもうすこし尺をふくらましても芯がブレないでぜんぜん、耐久力あるだろうなくらいの、骨太な印象を受けました
B:わかります
C:仮に爆発がテーマでなくても、作品自体の完成度が高いなっていう
A:うん
C:他の企画だったとしてもすごく、評価高かっただろうなと思います
A:そうですね
B:だからもう、大賞に選ばれなかったのがびっくり。自分で選んでおいてなんだけれども
A:あはは。………わたしはあの、なんでしょうね。贅肉が多少ついててもよかったかもなと、ちょっと思っちゃったんですよ
B:あ、それは、書きました
A:まああの、そこはまあという感じですね。迷いどころではあるんですけど、
C:構成の力もそうですけど、無駄のなさがすごく、ぼくその無駄のなさがすきだなと思ったんですけど
A:無駄のない筋肉。ううん………
C:講評書く前にぼく、先に書いちゃおうと思って、書いてたんですけど、ちょうどネタを考えてる最中にあの、
A:ああ
B:まる被りでしたね
C:パルクールネタでえあああ!?って
A:最近、パルクール要素の入ったなんらかを目撃することが多い気がします。つい最近公開された米津さんのMVなんかもパルクールだったっていうか
B:ああ
A:なんでしょうね。なんかパルクール要素が入ると、ハイローなんかもそうですけど
C:さわやかになりますよね
A:若い感じが出るというか、こういう印象でいいかわからないですけど、動きが躍動的な感じになってすごいいいなとなりますよね。しかもそれであの、ニトロシューズで空舞いながら花火打ち上げるって絵面がいいですよね
B:すごいかっこいい。ほんとうまかったですね。換骨奪胎というか。ストーリーライン自体はそんなに突飛なものではなく、すれた少年と、彼を支える少女―――て感じだったけど
A:極めて王道なものというね
C:王道も王道
B:なのに新鮮なものを読んだという感じがしてよかった
C:ぼくけっこう小道具を重視するんですけど、主人公のラムネ中毒って設定がすごくよくて、ある種アウトロー的な雰囲気を出しながらも、爽やかでしかも結構その、はかなさと、口の中で溶けて消えてゆくみたいな要素が、花火を連想させたりして、
B:ああ、ちょっとそれはなかった。なるほど
C:小道具的なおもしろさ。とあとキャラ立てにすごく貢献してて、ぼくはすごくその部分に惹かれて「うまい設定だな」と思った
B:なるほどね
A:うん
C:なんていうかその、すごく現代的だなとも思って。いわゆるリモートで、SNSで、顔の見えない相手、であるっていう部分だったりとか、結構その、
A:結構やばい世界でしたからね、あの世界
B:なんかそこがあれなんですよね、あの、たぶん宮古さんが云ってる贅肉ってところだと思うんですけど、
A:ああ
B:ぼくは結構ね、「いま、現代と違う世界を出すんだったら、それがどう違うのか」みたいのをみたくて
A:うんうん
C:ああ
B:で、娯楽が禁止された世界だとか、人々が娯楽に飢えてるってのはわかるんだけど、なんかもっとこう、「あ、そういうことなるんだ」みたいな驚きがほしかったみたいなのがありまして
A:うんうん
B:これすごく贅沢なこと云ってるんですけど
A:贅沢な悩みではあるんですけどね
B:自分がその、ぱっと考えつかないような、「あ、なるほど確かに娯楽が制限されたらそうなるわ」みたいなのが、体現されててほしかったなと
C:ああ
A:読み切り作品としては大正解のはずなんですよね、なんですけど、こう、なんか、なんかもうちょっとほしくなっちゃうみたいな。贅沢な悩みですよね、これって
B:そうですね

ご機嫌よう、モンロー・マイ・ディア

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A:あとはあの、三者が挙げたやつでいうと、「ごきげんようモンローマイディア」でしょうか
B:あれは非常によかった
C:むっちゃよかった
A:これはですねわたし、「鋼に与える鉄槌」と「ごきげんようモンローマイディア」で悩みました
B:わかります
A:悩んだ挙げ句に、わたしとしては、申し訳ないんですけど、関係性としての萌え、みたいなところがそんなに、消化酵素のない方向性のものだったので、結果的に「ミーム的な爆発」でやっている部分の強さで、「鋼」になったんですよね
B:はいはい
A:よかったんですけどね、めっちゃ、ごきげんよう
C:あの、モンローマイディアは、ちょうどあの夜中に講評書いてて、読みながら、あまりにもすごくて、ツイッターで「すげーの読んだ」てツイートしたんです
B:もだえてたんですね
C:ぼくそもそも、百合作品があまり、消化酵素がないほうで。(そう考えると)なんだろう、すごくこう、お手本を読んだなって感じがして、しかもその、爆発に至るまでの形態、いわゆるこのチャージ感とかタメの部分がすごくうまいなってなって。ストーリー自体はすごく流れてゆくのに、要所要所での感情のタメの部分がすごく効果的で、だからこそ最後に言葉を爆発させてたのがすごく心にガッ!て来るタイプの
A:「読め!」で終わったのが良かったですよね
C:はい
A:最後につきつけてばーって云って。しかもあそこ、急にフィクション性が増すんですよ
B:一気に馬鹿馬鹿しくなる
C:そう。あのリアリティレベルをさげるのむちゃくちゃよくて。だからそれでぼく、主人公の書いた小説の中の話なんじゃないかなと思って
B:なにがC4爆弾だよって
A:はっはっは
C:そこの虚実が入り交じる感じというか、急にリアリティレベルがああなっているのがすごく、快感を覚えましたね
B:消し飛んでましたね、うん
A:わたしもなんとなくそんな感じの解釈をしましたね、あの、どこら辺からかちょっとずつ混ざってるのかなと思っちゃいましたね。そこから急にちょっと混ざって現実と虚構でばーっとなっちゃって、小説世界とぐわーっとなってるみたいな。擬音ばっかりであれなんですけれども
C:きもちよかったです
A:うんうん
C:だから、ほんとうはだから、再開してないのかもしれないし、実は
A:(虚実が混ざっているなら)死別してる可能性もある、かもしれないですね
B:ああー
C:主人公と彼女は、その小説の中だけでは出会えたっていう、
A:あくまでもこれは、フィクション的なものと混ざってたらってていですけれどもね、勿論これは。解釈としてあるかもなーくらいで
B:モンローマイディアはすごくこの、音がきもちよかったですね
C:ああー
B:小説を文章読んだとき、音読して読んだときのリズムがとてもよくて、すごく、音に敏感な人が書いてるんだろうなって云う
A:うんうん
B:まずはタイトルからぐっときますからね。タイトルで選んだらもう、ダントツ一位ですねこれ
C:そうですね。最初「なんだろう」ていうところから始まりますからね
B:うん
A:ほんとうになんというか、最初から最後まで爆発してたなって気がします。感情的な部分はあの、台詞回しにしても、登場する、最初の橋の上で出会って、「ほっぺた落ちちゃうぜ」ていうシーンとか、も含めてそうですけれど、決めの感じと、感情の移ろうところのシークエンスと、なんかやってみようとするけれどもちょっと挫折したりするとか。モンロー効果のくだりが出てきたりとか
C:けっこう俳句でいうところの破調的というか、あえて崩してるみたいな書き方をされているところがちょこちょこあったりして、すごくこう主人公の心情とリンクしてるなと思ったりとか。とくにこう最初の、いちばん冒頭の主人公の一人語りのシーンとか、けっこうあえて段落減らして、書いてるような印象を受けて、そこの崩しからの止めの部分とか、そのあたりで読み手に作品のリズムを造ってゆくような作品だなと
A:楽曲的ではあった気がしますね。そのまま合間合間に「君の名は」的な歌が入ってもよさそうな組み方だったと思います
C:ああ
B:うんうん
A:だから、よかった。よかったですね。なんかもうほんとに、いろんなのがわたし、こんな素人の企画でこんな、ねえ、二回目ですけど、読めて良かったなとほんとに思いました
C:ほんとによかった
B:うん

鋼に与える鉄槌

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C:じゃあ、「鋼に与える鉄槌」の話もしましょうか
B:しましょうか
A:鋼に与える鉄槌はもう、とにかくアイデアがすごかったですね
B:アイデアがすごい
C:アイデアがすごかった
A:爆発。だから、因子的なものとして、人間があるところにいって、そこで、考えを伝染させるゆえに、一気にエラいことになるシークエンスがきちゃう場合もある、ていう
B:あれはもう、ほんとに、いろいろな要素があるのに、軸がぶれないのがほんとすごかった
C:そう
A:二万字内でね、あれをあの、展開してらっしゃるのが
B:あんだけ重厚な、ね、時代も違えば文化も違うし、
A:個体の世代間を跨ぎつつね、あんな、しかもあの、顔の設定とか、ああいう合間合間のSF的な設定がやたらめったらおもしろかったんですよ、あれ
C:あの、ぼく結構ごぞうろっぷさんの作品すきでよく読ませていただくんですけど、ほんとにあの、SF的な考証はもちろんなんですけど、あの、専門用語がわりと多い、タイプの方で、そのなかで、結構専門用語って増やすとわりと読者って振り落とされがちじゃないですか
B:はいはいはい
C:そこをこう、主人公二人の感情の部分を色濃く書くことで、つなぎ止めてなおかつこう、ちゃんとエンタメとしておもしろいものにしてるってのが
B:ごぞうろっぷさんは、説明的にならずに説明するのがすごくうまいですよね
C:そうそう
B:「これはどういうことだ」みたいなことを主人公が絶対言わなくて、それはわかってるものとして会話は進んでゆくんだけれど、その流れがすごく整理されてるから「ああミームボムってそういうやつね」ってわかるし
C:あの、最初に読んだときは「なんだこれは」てなるんですけど
A:なんだこれは!
C:あ、タローマンじゃなくて
A:すいません
C:そこから読み進めてゆくうちに「あ、そういうことね」て納得していってオチまで読めるてのが、すごく理想的だったなって、感じがします
A:気持ちスタートレックを連想しながら読めたのがよかったですね、個人的には。航海日誌的な文章として組まれてるから、なんならあの、毎回毎回あの、個体のルートが違う話を読めても楽しいよな、と思っちゃって
B:ああ
C:ああー
A:下手し「火星年代記」くらい規模がでかくなってもいけそうだなと思っちゃったのがなんか、もうすごかったんですよ。とにかく、いろいろ組めちゃうよな、てほんと思っちゃって。キノの旅とかじゃないですけど、なんか、ああいう、
C:無限にできるお話の
A:面白さが無限大で、すご、と思っちゃいましたね
B:こう言ったら主催の宮古さんに悪いんですけど、
A:はい
B:え、ごぞうろっぷさんはこの作品、ここで出してよかったんですか?って
C:あはははは
A:それはね、正直まあ、思ったりもしましたけど
B:もっとこうなにか、しかるべき場所があるんでないかとちょっとわたしは思いましたね
C:今回ぼくがすごいなと思ったのは、クローンの番号をミドルネームみたいに表記してたところ
B:はいはいはい
C:普通ってなんか、「わたしは○○番目のクローンです」みたいなの挟むじゃないですか。それか「32番目の○○は~」みたいな表記すると思うんですけれど、
A:説明的なこととしてですよね
C:そうです。最初なんか、「何の番号なんだろう」と思わせたところで、「あ、そういう意味か」て思わせて、そこからこの説明をしなくても、読者に意味を伝えられるっていう………そこは強さをすごく感じましたね。すごくこう、クローンものでもあんまりやってないんじゃないかなっていう発想で。ぼくは「ああーその発想はなかったなあ」て思いました
B:うんうんうん
A:クローンの個体ごとに顔は一緒だけど性格はちょっと違うのかなあ、みたいな感じがあったのがすきでしたね
C:そうですね。完全に別物なんだろうなって気がします
A:毎回演者さんがいらっしゃるとしたら、一緒なんだけどちょっと別にみえちゃうのかなとかなってるのがおもしろかったのと、あとは、魂有りの人と無し人みたいな、ああいう、これも設定の話ですけど。やたらめったら凝ってましたね、ほんとに。さっきの御調さんの通りで、ほんとにこんなところで読まして頂いていいんでしょうかと………
B:でもあの、あれですね、犯罪者を何世代にもわたって、列車に閉じ込めて宇宙旅行をさせながら文化を生成させるみたいな、そっち主題じゃないんだってくらいの
A:そうですよね
C:もうそれだけで長篇ひとつ書けるくらいの話
A:うん
B:おもしろすぎて。最初ボクそこの下りが、今回の話だと思って、後半読んでなかったんです。で、「あこれ続きあるんだ」と思って読み始めて、
A:基本的には二者のお話だったんですよね。そこがでも、(あるから)とっつきやすくなってるんですよね。お話として。いろいろな、小難しい諸設定があるなかで、基本的にはあの、上司としてきた彼女と主人公のお二方の関係性の部分になってゆくていうのがよかったって
B:よかったです。ほんとにもう物語としてきれいで
C:きれいでしたね………
B:あれだけね、あれだけわけわからないことしてるのにぶれないのは、ほんとすごい。いやあ………
C:ぼく、この二人の関係性でよかったなと思うのがあの、自分の四肢を食べられて機械に換えられてもわりと、そんなにガチで怒ってない―――いや、怒ってるんでしょうけどなんか、そこまでこの、死体みたいなテンションがすごくよくて。若干倫理観が現代の人間とは違うんだろうなていうのは思いましたね
B:説得力ありました
A:まあでもほんとに、三者で、一致で一気に、ってのは納得な気はしました。個人的な趣向はもちろんそれぞれあるかもなんですけど、ありつつも「いやこれは挙げなきゃだめでしょ」と思える小説だったなと間違いなくわたしは思ったので、かつそれを二万字で読ませて頂いたとは、という
B:ありがたかったですね
A:そうですね

からすのかって

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B:「からすのかって」結構すきでした
C:あれもすごくよかった
A:あれは、妄想としての破壊のタイプでしたか
B:そうですね
A:空想の破壊のシークエンスが絶対に発想の中でしか成立しないタイプってのがすきでした
C:子供の想像力にしてはエグいしでも子供の残酷さってそんな感じだよなっていう………
B:すごくうまいなと思って。これ作者さん狙ってやってるかどうかわからないんですけど、僕らは読んでて、あの妄想している爆発って起こりえないことがわかるじゃないですか。だからこう、妄想に逃げてるやるせなさみたいな感じのものを感じるんですけど、語ってる本人達はたとえそれが実現するかどうかじゃなく、語ってることそのものがたのしくて、だからあの語り手の男の子はすごく良い笑顔で語ってるし、あの女の子も、彼らにとってはすごく輝かしい時間だったと思うんですよね、妄想してるところって。一人称小説だから語り手の視点でしか語られていないのに、そこで語られていないところを読者に想起させるっていう、この、テキストと読者両方がそろってはじめて物語として完成するみたいなのがすごい、うまいなというのがありまして、バッチリ刺さりました。こういうのボクできないんですよね………テキスト内で完結してしまうタイプの小説を書きがち
A:自分にできないな、てのを読むとおおってなりますよね
C:はい

それは自由を守る為

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B:それでいうと、教授のもそこを狙ってたと思うんですけど、
A:教授さんのやつはいきなり二千字でぽん、てされておお、てなりましたからね正直。俗に言ってみればプロジェクトXじゃないですけど、なにかの事件についての紹介ものみたいなテイストじゃないですか。事件紹介系のなにかっていうか
B:記事みたいな感じだったから、ああ、てなったけど、すごく客観的に書いている中で、一文だけ「ジャージーシティ消防隊は~」て云ってくるから、ほんとになんかそこだけに主張を入れて、きっとなんかそれを読者の中で、特にこの事件を知らなかった人、の心となにかで化学反応を起こしたり、なにかの物語がそこで完結するっていう狙いだったのだろうとぼくは思うんですが、残念ながらぼくはそこで結実さすことができず、なんかこう、記事っぽいな、なんかあるんだろうけどな、てとこで(受け取りが)終わってしまった感があります
C:教授のお話はけっこうノンフィクションを基にお話をつくられるパターンがちょこちょこあったりするんですけど、ある種そういうときって、なにかの出来事にフォーカスしてそこを重視して書かれる方だと思うんですけど、今回それが逆で、おそらく「それは自由を守るため」がジャージーシティ消防隊にかかってくると思うんですけど、肝心の消防隊に対する描写がほんとにすくなくて。あえて空白にしてるんだろうなって気がしたんです
B:それは感じた
A:主観からなるべく離してた感じでしたよね
C:周辺情報を描いてあえて真ん中だけを抜き取ることでそこを保管させるっていう、そういうタイプの作品なんだなって。だからボクは個人的な欲としてはもうちょっと、ジャージーシティ消防団のことを、読みたかったなって思いがありましたね
A:「汚職の世界史」ていうボルヘス氏の、世界の犯罪者の紹介エッセイ文まとめがあるんですけど、読みながらそれを連想しまして、トピックの最初に触れると良い系のタイプというか、入り口にしやすいやつを読ませて頂いたんだなという気持ちがあって。そういうものとして触れて、じゃあ消防団とか知ろうかな、という方向のいいやつ、と思って、そう言う組み方してたのかなと思いましたね。だからこそ二千字ちょうどでポンと出してこられたのかなと………爆発でこういうのもあるよ、として書いてくださったのだろうなと
B:なるほど

脳髄爆発世紀末

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A:ええと………「脳髄爆発世紀末」
C:はいはいはい
B:ぼくだいすきですあれ
A:あれすきでしたねー
B:むちゃくちゃもうブラックジョーク。「逆デウスエクスマキナ」って書きました
A:シンゴジラとかでいうなら最後の呑ませるところじゃないですかもう、あれって。「解決するぞ!」「これで方法がみつかったから、なにもかも終わるぞ!」て確立してるじゃないですか。で、したけど、天の声が「おまえのやりかたつまんねーんだよ」ていってくるところがすげえ好きなんですよ
B:英知の結晶に対してむかつく反応してくる感じ
A:あの反応の感じが、映画の気に入らない展開に対して文句を言ってる感じみたいですごく好きで。そういう感じをSF的ガジェットで書くとこうなるんだなと思いながら読みました
C:ぼくすごく連想したのがデスノートの「死神大王」
B:ああ
C:デスノートの読み切りで、デスノートの用法をハックしようとしたやつがいて、そいつにたいして「それつまんねーな」ってなってルール書き換えて殺したっていうオチの………
B:爆発。理不尽な現象があって、それに対して天才が対抗策を見つけて、検証して、犠牲も出しつつ、彼らのドラマもありつつ、割と理論的に詰めていって、苦労の末にようやく結実するっていう最悪のタイミングで、「ナシね」ていう
A:組み方がしっかり王道なんですよね。そういう原因究明と解決っていうのをちゃんとやってる上で、やったうえであれを出してくるっていう
B:台無しにする
C:最悪
B:気持ちよく笑いました
A:いいですよね
C:ぼくあの、量子ウイルス、人間を的確に殺すための兵器だと思っていて、それを、本来なら解決策無いものを無理矢理攻略しようとしたからバグが起きたみたいな
B:あれ、なんか暇つぶしとかそういう感じかなと思ってました。そのくらいなんだろう意味のないというか、天の声からすると、人間殺してやろうっていう強い悪意があったわけではなくて、ちょっと遊んでやろうくらいの、お前逃げんなよっていうか
A:この小説に対して思ったのが、「展開を推敲している最中の登場人物こんな風に死んでるのかもな」ってちょっと思いました
C:ああー
B:「こいつ殺しとくか」みたいな
A:没になった世界の人たちはこんな感じで爆発してるのかもなって想像してそれが面白かったですね。そう言う読み方もできるかもって
C:上位存在の遊びみたいな
A:無限にやってるうちのひとつみたいな感じかもしれないなと………
B:もしボクが同じ事やるんだとしたら天の声出さなかったと思うんですよね。「よしやったぞ!」ともう終息宣言出した後に、主人公が、「あこれ実は全然解決してないや」と気付いて、気付いた瞬間爆発するってオチにするかなと思ったんですけど、ぼく個人的には天の声がないほうが好みかなと一瞬思ったんですけど、そう思って読み返すとやっぱり天の声が出てくるのが笑えて面白いなと思いました
A:「リング」の解決したけどしなかった的な展開ではあるんですよね。オカルト方向でもあるけれどSFみたいな。呪術的なものを解決したと思ったら解決してなかったみたいなオチぽくて、それが天の声で聞こえてくるみたいな
C:100個道があって、そのうち99個潰して、のこり一個で「これでやっとゴール行ける!」と思った瞬間にそこもダメだったって塞がれてるような
B:天の声が「はめ技楽しくないって」云うじゃないですか。で、なんというか、天の声が出てくること自体がメタ的で野暮だから、「お前が野暮とか云うなよ」みたいなツッコミもあって楽しかった
C:むしろはめ技使ってるのは天の声のほうなんだよなっていう
B:ほんとよかったですね。字数が許せばもっと、緻密に攻略法法を書いたんでしょうね。スパイの話とか政治闘争とか、あの辺しっかりかいて「よしこれだ!」となってから「はいだめー」て云うんでしょうね
A:合体!ハイダメー!
C:トムブラウン
A:トムブラウンのはいだめーくらいの理不尽さ

Stained by me

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B:理不尽と云いましたらトンネルに入るやつ。「Stained by me」
A:りしゅうさんの
B:ぼくはちょっとたいへん難しかったんですよね。ぼくはあれを、「理解が人間の幸福だ」て人と「理不尽こそが人間の幸福だ」ていう人がふたりの登場人物として出てきて、彼らそれぞれに望むものを与えるみたいな話かなと思っていたんですよ。それで「きみたちには望み通りのものを与えたけれど果たして幸福かい?」みたいな。読者のほうは理不尽を取った視点でみてるから、脈略もなくいろいろなことが起こってわけもわからぬままに終わってしまう作品に見えたんだけれど、じゃあ果たしてこの「判った」ほうを描いていたらわたしたちはどうなっていたんでしょうね、みたいな、そういう感じなのかなという風に読んで、ただこれがあっているのかわからなくて………
C:ぼくの解釈としては、これ、クトゥルフTRPGでいうアイデアロールの感じだなと思って。一個、ホラーにおける謎って、むずかしくて、理不尽すぎてもなんか微妙だしわかりそうでわからない感覚がホラー、いちばんおもしろいと思うんですよね。それでいうと、ある程度謎を解くパートって必要だと思うんです。だからホラーにおいて、いわゆる、「リング」で云うなら呪いのビデオの秘密を解き明かして貞子の過去を調査したりだとか、そういうシークエンスを片方がやってる。もう片方は単純にこの、理不尽に巻き込まれて被弾してゆくってのは、いわゆる王道の、ホラーの王道のパターンだと思っていて。ホラーの王道のパターンを、この、りしゅうさんの作風である二人のユーモラスな会話でうまくカバーした作品だなって気がしてて、結構単純に筋書きだけ、あらすじだけ取るとホラーの王道だと思うんですよ
A:冒険しようとした先で遭遇しちゃう、みたいな感じですかね
C:実話怪談的というか
A:タイトルの通りですけど、スティーブンキングの、スタンドバイミーなりITなり、そういう系な立て方で
C:それをこう、うまくカバーしてしまうのが強いなと
B:各所にスタンドバイミーへのオマージュが感じられたんですけど、ぼくの中でスタンドバイミーと作品を結びつけられなくて結構悩んでました。んんん?て
C:廃トンネル廃線とかそのあたりかなと思いました
A:わたしは、なんでしょう。こういう「謎があって冒険に行く」ってどらえもん映画とかでもお決まりじゃないですか。でまあ、さっきも仰ってましたけれど、日常会話が非常におもしろくて、すごい「日常もの」的な雰囲気が漂ってるんですよ。なんでしょう「バーナード嬢曰く」みたいな感じの会話感だなみたいな感じで読んで。で、なのでまず「日常もの」があって、なんかちょっと、そんなたいしたこともない、重大じゃないかもしれないけど謎があるから行ってみようぜ、てなって行ってみたら「フロムダスクティルドーン」くらいのやつが来ちゃったというか。「がっこうぐらし」的ジャンル跨ぎをしてたなあと思ったんですよね。でも、筋道的にみれば、平時の日常のところから非日常に入っちゃうっていうようはそういう、異常な、ミストとかでもそうですけど、流れとしてはそういう、異常なホラーものっていうか、ちゃんとしてるんですけど、あまりにも日常もの的な部分が面白いから、ジャンル跨ぎしてるときの感覚を受けて、そこが戸惑う人もいれば、面白く捉える人もいるんじゃないかな、てのが、ひとつ、ありました
B:なるほど
C:ホラーって不意打ちがいちばん怖いなって、それでいうとりしゅうさんの日常ものってうまくガードを緩めさせるというか、臨戦体制から離されたところへ一気に右ストレートを打ってくるみたいな感じの作品だったので、そういう点で恐怖を覚えたなってのがありました
A:人物事の視点やりつつ進めてたのもそういう、日常描写を優先したからこそだったのかなと思いました。そうして諸々した挙げ句最後、「なくなっちゃった」って云って
C:爆発オチ
A:爆発オチ自体は、意外と前振りがちゃんとしてたなあとか思いましたね。不思議な読後感のある小説だったなと思います

地蔵爆破

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B:ホラーはもう一作ありましたね。「地蔵爆破」
C:地蔵爆発
B:あれタイトルで笑ったあとにガチホラーじゃんて思いました
C:あれ短くてよかった。短い中に怖さがあってよかった
B:絶対馬鹿な話だと思ったら、淡々としてるわ、という
A:競馬ライターなんですよね
B:うん
C:競馬ライターである必要あるのか?とすこし思ったんですけど、たぶんはがちさんが最近競馬好きなんだろなって気持ちがあります
B:でもよかったですよ
A:競馬ライターがホラー収集してるって導入が入りやすかったですね
B:へえーそっからくるんだみたいな。地蔵爆破ってどう地蔵爆破するんだよと思ってたら、「わたしは競馬ライターだ」て文言がはいって「あ、そうなんですか」って。わりとなんか自然な流れできてしまって。いったらアレですけど詐欺師に連れてかれた感じがありましたね。最初ちょっと警戒してたのに気が付いたら応接間に通されて壺買わされてるみたいな
A:地蔵の爆破方法がガチなんですよ
C:そもそも地蔵を爆破すること自体がだいぶオカルトなんじゃないかなという気持ちがある
A:爆破方法おもしろかったですね。段ボールをみつめてリモコンでぽちっとしたらBOMB!と………崖上から眺めてる地蔵を爆破
B:爆発っていうのが、勢いがあって、光も出るし、陰と陽でいったら陽のイメージがあるから、ホラーとあんまり相性はよくないんじゃないかな、ていうのはあったんですけど、そんなことないんだなって
A:あのあとやってくる幸と不幸のバランスの、書き方が不気味でした
C:主人公が、「これ地蔵爆破したの友達じゃなくてあの人だな」ていうシーンがあるんですけど、あれボク違うと思って。なんかこう、もし、爆破させたのがあの馬主の人だとしたら、不幸って周りの人にいくと思うんですよ。ストーリーで語られたことから推察するに。なのに最後の最後で不幸が自分に回ってきたっていうことは、みたいなことを考え出して「これ理不尽な話なんだな」と。ルールがあるようでない、ていう。人間の頭の中では(ルールが)あると思うけれど、実際怪異にはそんなルールはないよっていう。そういうホラーはぼくが好物だしよく書くので、そのあたりの面白さを感じました
A:地蔵に人間ルールは通用せんみたいな………
C:理不尽。だからこう、自分が幸福になって周りが不幸になっても関係ないよ、みたいなそういう
B:なんなら地蔵と因果があるかもわかんないし
C:ぜんぜん関係ないのかもしれない
B:ぼくちょっと、最後のところの解釈が違ってまして、最後に至るちょっと前に、話が終わりかけのときに、ぜんぜん酒を飲み忘れて、みたいなことを云うじゃないですか。最後なんか素っ気ないというか、あでもあの人、死んだからやっぱり違うんじゃないかぐらいの、ぶつ切りな感じの終わり方をしていて。この書き手の人が、これ以上この話に深く関わらないほうがいいな、みたいな判断をしていると思ったんですね。なんでボクは、あの人って、書いてないことを実はみちゃったんじゃないかなって………例えば、語ってるひとの後ろにすごい怒ってる地蔵の幻がみえたとか。でもそれは書くことをせずに、自分はあくまでもただ、この話を聞いただけだし、なんなら犯人実はこのおじさんかもしれないよくらいにとどめて、これ以上触れないみたいな感じの、ライターのレポをわたしたちは読んだのかなみたいなまで狙っているかもと思いました
A:解釈の一つとしてはありそうですね
A:わたしはとにかく地蔵を爆破する光景がすきでした
B:「爆葬」もそうですけど、シリアスなんですけどそこだけなんか、真面目にやってるからこそおもいろいっていう………
C:爆破っていいんだよなあ
A:罰当たりすぎてシュールでしたね………それでもちゃんと怖いっていう
B:わりと想像にない方向の爆発でしたね、ぼくは………ぼくがもし「爆発を絡めてホラーを書け」って云われたら、曰く付きのビルを解体しちゃったとか、神社を爆発したとか、工事現場でまだ人が遺ってるのに爆破したとか、そんな感じで書くところ、子供の悪ふざけで地蔵を爆破するっていう。なんかずっとこっちみてて腹立つからっていう………そもそもがおかしい
C:これだって地蔵側からしても理不尽なんですよ。理不尽に理不尽で対抗した話かもしれない………逆に地蔵は怪異を防いでいた説もありうるし………想像が膨らみますね………
B:ちゃんと怖かったからおもしろいですね

しぶき

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A:リアクションがかなりすきだったやつが一個ありまして
B:はい
C:はいはい
A:「しぶき」って神澤直子さんの。あの、人間のリアクションの書き方がすごいすきでした
B:マスターがきたときの
A:ええ。マスターが最後きたときとかもそうなんですけど、爆発して血しぶきが出たときのリアクションとか、人間の表情の変化の書き方がやたらめったらうまかったなってなって。解像度すごい高かったなと思って
B:なるほどそういうところに注目して
A:わたしあの、爆風で顔がぷるぷるするみたいなのとか、そういうシークエンスがすきなんですけど、そういう戸惑いのお芝居の感じがみえてすごいよかったです。最終的にはそういう諸々ありつつ「まあいっか」でおわるのもすきです
B:あの話、すこし引っかかっているところがあって、こう、基本的には馬鹿な話というかナンセンスさを笑う話だと思ってるんですけど、寝取ったほうの男が、「短小くん」つって、それがきっかけで爆発させるじゃないですか。でも(それによる爆発の)対象は女の子だったんだなっていうのがあって
C:それたぶんぼく、講評で書いたんですけど、主人公たぶん、めちゃくちゃプライド高いんですね。で、おそらくたぶんダイエットしてたりで、元々容姿にコンプレックスがあって、そこから努力して付き合ったってのがあると思うんですけど、そういう人にとってたぶん、自分の過去の姿てのはたぶん、見下す対象だと思うんです。で、彼女はそいつ(過去の自分の姿をしたもの)を選んだんだ、ていう。それが許せなくて、浮気されたことよりもプライドの高さが勝っちゃってまず、男のほうを爆破したんじゃないかな、と思いました
B:これも結構、神澤さんが理由は造ったんだろうなとは感じてたんですけど、なるほど、それは納得します
C:人間のしょうもなさが書かれてて面白いと思います
A:女の子の言い訳の文言の出し方、並べ立て方がすきでした。ありそうで
C:しょうもなさを露悪的に書かれてるんですけど、ここまでじゃないかもしれないんですけど、なんかリアリティあるような気がして。その辺りに神澤さん作品自体の魅力としてはそういう部分が大きいのかなと思います
A:ほんとにリアクションがすきでした
B:リアクション、たしかにあんまりなかったかもしれない
A:なにか異常事態が起こったことに対しての、一瞬の、理解しがたいみたいなシーンて、それが要は「顔面ぷるぷる」なんですけど、一瞬のなんか「謎」て感じを表現するとああなるんだなみたいな
C:あれたぶん、主人公あのあとマスターも殺してますよね
A:マスターのリアクションよかったですね、ああ………ていう
C:目撃者もがんがん殺してゆくんだろうな

ゾンビたちの黄昏

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B:あとぼくあの、ゾンビのやつがけっこう好きでした。なにがすきって、半ゾンビ半人間みたいな、設定だったから、あれなんか人間とゾンビの中で揺れる、みたいな感じかなと思ったら完全に人間としてのアイデンティティ捨ててて、かと思えば別にゾンビにアイデンティティを置いてるわけでもなく、ゾンビ仲間は動物として使い捨てるし、お前の自己はどこに置いてるんだろうって。ただ、そこまで切ってくれると、心を軽くしてみれるというか、そういう感じでしたね
A:講評にも書きましたけど、転生ものジャンル的な持って行き方がよかったなと。省略の仕方がうまかったですね。省略して書き手さんにとっての旨味のあるところの話ばっかやってるなというか。ゾンビの生態とかそういうの書きたいわけではなくて、ゾンビを一つ特性のほうを持たせた上でその手のアクションもの的なお話をやってるおもしろさというか。ランボーとかプレデターみたいな感じで来たやつをわーわーする楽しさで
B:すごくたのしく書かれてる感じを受けました
C:ぼく、作者の方がすごくゾンビ映画すきな方なんだろうなと思いましたね。めちゃくちゃ作品みられてるんだろうなと。結構ゾンビもののお約束要素がちょこちょこあって。いわゆるゾンビものって、圧倒的多数のゾンビに対して人間が知恵と武器を使って戦うみたいなシチュエーションじゃないですか。圧倒的多数の人間に対してゾンビが武器を使って戦うっていう。なおかつこうゾンビものって生存権の奪い合いみたいな部分があって、そこも逆転させてたので、そう言う部分から「ゾンビものが好きな方なんだな」という印象を受けました。あとあの、主人公があまり、武器を使いたがらない理由が身体が崩れてしまうからていうのがすごく「ああ、ゾンビだからだね」てなるのがすごくよかったですね
A:ちょくちょく出てくるゾンビ要素がバランスあってたのしかったです
B:ゾンビの強みは、特性はこうだっていうのを整理して、それを活かして戦闘してるのがよかったですね
A:あるとしたら爆発が手榴弾くらいなことかな………
C:ああ
B:それはぼくも書きました。大ピンチのときの解決に爆発を持ってきてくれたらもっとよかったなと
A:話自体は普通におもしろかったので余計にそう思いました
C:一点気になったのが、結局山に居たゾンビを放つことを切り札にしたか-というのはちょっとありました
B:逆転構図をつくったのに、ということですね
C:逆転するなら一人で戦ってほしかった気持ちがすこしあります
A:とっつきやすさがよい小説でした

拝啓、宮古さんへ

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A:あと触れたいものがあるとすると「背景、宮古さんへ」かな
C:ああ
B:非常にむずかしかったです
A:正直、今回は三者で読んでますから、わたしお一人だったらよかったんですけど、なんとも
B:これは宮古さんに投げます、て書きました
C:あきかんさんらしいなという印象を受けました
B:実際あれ、ちゃんと読もうとしたら、面白い話がバックにありそうではあるので、わりとちゃんと読みたいんですよね
A:頭部爆破のやつだったんですけどね、ご宗教の集団自殺みたいな話を絡めてて
C:パッチワーク的な作品でしたね。要素要素がすごくおもしろくて、うまく交差すればめちゃくちゃおもしろいぞこれ、という。結局でも、そこから交差しきれないところで終わっちゃったな、みたいな印象があります。でも逆に言うと、ある種その、交差しきらない、パッチワークそのものがたのしい、ていうお話なんだろうなとも思いました
A:意味がある、という風に取った時点で術中にハマってるタイプみたいな感じだと思うんですよね。コラージュでものを組んでいった上で、受け手が「意味があるんじゃないか」と取ること自体に意図がある、みたいな………個人的にはそう思ってるんですよね
B:それはむかつくなあ(笑)
A:一応なんか意味として通りそうなものは置いてあるんですけど、実はまあぜんぶ関連なくても成立しちゃうって云うか、本来関連なんかまったくないものが一同に介してるだけ、て可能性もあるんですよ
B:手紙書いてる人と独白してる人が同じかどうかもわからないし
A:そうなんですよ。手紙のほうは仮に全員一緒だとしても、独白してるほうの人が全員一緒かというと、わかんないですし、ある記事のスクラップかもしれないし
B:けっこう年代もまたぐしね
A:そうなんですよ。その辺がね
B:なるほど。ぼくはもう完全にその術中にハマるタイプなんで、なんか意味があるんだろうと思って、
A:意味をくみ取るというよりは、コラージュの景色自体をたのしんだほうがたのしいタイプのお話かなと思いました
C:なるほど
B:ぼく個人としてはそこまで適さない読者なんですけど、ただ、そういう表現自体はあって良いと思うし、単純にあの文章そのものが非常に綺麗でしたよね
C:文章めちゃくちゃよかった
A:ただこう、その中でわたしの書いたやつの紹介をされたのがやたら小っ恥ずかしくてですね。………
B:あれはほんとに書いたものだったんですね
C:あれがフィクションだったらめちゃくちゃおもしろかった
B:その可能性もちょっと考えた
A:あれ書いてて、しかもその、云っちゃ悪いんですが「未完状態」てやつなんですよね
C:あきかんさんやりそう
A:それを持ってこられたんですよね。だから「あららあ………」てなって
C:いわゆるこの、ナンセンス文学というか、実像をつかめそうでつかめない蜃気楼みたいな作品だったなと
A:こういうのばっかり来られると困るっちゃ困るんですけど、一本あってもいいんじゃないかな、みたいな感じではありましたね。まあでもその結果として、お二方にこれを読んでいただく事柄自体はどうなんだろうと思いつつではあるんですけどね、まあまあ、という。………

死亡賭博の殺し屋達

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B:あとは「殺し屋」の作品。ふたつありましたけれども
A:「死亡賭博」と「あの素晴らしい世紀末をもう一度」ですね
B:さっき狐さんの講評読んだんですけど、(「死亡賭博」)ほとんどおんなじこと書いてて
A:蜂のほうですね
C:ぼくはこれ、良い部分と悪い部分が表裏一体だったなと
B:ほんとに同じ事書いてあって、ホーネッツのキャラめっちゃいいよ、ていう
C:キャラクターはすごいすきだし、それぞれのキャラの異能の設定がめちゃくちゃよかった。ちょっとだけ最後に出てくる「鵺」ていうやつが、なんでアメリカなのに鵺なんだよ!ていうのに見事にやられましたね
A:突然100ヤード程度のところに「鵺」てやつが出てくるんですよね。アメリカの最強の殺し屋の
B:もっとなんか、アメリカっぽい名前じゃないんだ、ていう
C:だからよりいいんですよね、鵺
B:このなんか、荒さというか、ジャンプ感いいですよね
C:いわゆるこうパルプ的な、スナック感覚でたのしめる作品で
B:シーンシーンを切り取るとすごくいいんですけど、ぼくはこう、結構ホーネッツが凄腕感出していたのに、わりといきあたりばったりだったのが若干残念で
C:ぼくは説明過多だなていう、もうすこし削ったらよりよくなったんじゃないかな、と思いました
A:設定自体をもりもりにしていって、その説明そのもの同士が邂逅する、タイプのやつでしたね
C:それをやるなら電車爆発シークエンスをもうちょっと削ってもよかったかなって気がします
A:オーバーウォッチていうゲームがありますけど、要はこういうキャラクターの出るゲームがあって、その短編アニメ的なものとしてこういう映像がありますよ、くらいの立位置だったなと思いましたね。そういう読み方をしました。わたしは
C:いわゆるこう、刃牙とかの、地下トーナメントの各登場人物の過去を掘り下げる。それこそ、ライトノベルで言うと異修羅とかそういう系の作風なんだなて気がしたんですけど、ほんとにこう、構成として、爆発とがっつりバトルを同時にやるんだな、て感じになってると思いました
A:蜂がいろいろいたのが面白かったですね。設定の盛り方が
B:そこ好きです。蜂の巣とかすきでした。自己増殖してるんだとか。ぼく、この作品は、フロッグの設定がいちばんすきで。スライムを操るというか、スライムに取り憑かれてとかそういう能力ですけど。ナルトのガアラがすこし近いのかな。身を守ったり武器になったりするスライムで、「じゃあなんでフロッグっていう名前なの?」て思ったら、「その攻撃する様子が蛙に似ているから」ていう。そのひねり方すきだなと思いました
A:蛙ではないんですよね
B:ホーネッツは蜂だから蛙かなと思ったらスライムっていう。蛙に変身するのかなと思ったらそうではない。ああなるほどなるほど、てなってたら「鵺」
A:鵺、気になりますね
C:鵺、だいすきです
A:このあとどうなるのか、てタイプでしたね
C:ぜひ長篇とかで続きを書いてほしい
B:実際なんか、本人もそのあたり意識されてらっしゃったからか、最後の章の副題が「おれたちの戦いはこれからだ!」て云ってるから、まあまあ、意図してというか、わかったうえでやってる
C:爆発オチと並んで、定番みたいなのがありましたね
A:はい

あの素晴らしい世紀末をもう一度

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B:世紀末のほうは
C:最初に、二次創作なんだ、て部分があって
B:ほう
A:そうなんですか
C:世界観としてたぶん、秋乃さんのそういうシリーズがあって、その作品の世界観をお借りして、ていうタイプの作品で。たぶん登場人物はオリジナルなんですよ
B:不思議な文化が
C:僕が秋乃さんの作品をまだ読めていない部分があってあれなんですけど、キャラクターのバックボーンを語るっていうのがすごい二次創作的だなといちばん最初に思ったところで。もうちょっと爆発、たぶん、なんらかの一次創作ならもうちょっと爆発のシークエンスに寄るというか、活躍シーンを書かれると思うんですけど、すごくこう二次創作的に過去を掘り下げていって、どういう経緯で組織に這入って、てとこを語る。そこに徹されてたのが特徴的でおもしろいなとおもいました
A:僕はなんというか、北野武さんの映画的な文法だったなという気がしました。非日常の殺し屋の日常、そこから映画をみるとかの日常に行って、なんなら童心にも還ってくじゃないですか。童心に還っていった挙げ句に最終的に現実にぱって戻って、この作品の場合はここからヒーロー方向にゆくという。こういう展開のとき、場合によっては自分の死をその中で自覚する場合もあるんですけど、こういう感じで行った挙げ句に「生」の方向に行ったのが個人的には意外でした
B:ぼくは結構、これは、ヒーローに至るっていう作品だと思ったので、なのでその、公務員が来るじゃないですか、その、やりとりしてからヒーローになるっていうシーケンスを、もうちょっと重厚に書いてほしかったな、みたいな心理がありました。なにがトリガーになったのかな、みたいな
C:あの公務員がたぶん、秋乃さんの作品のキャラだと思います
B:あそうなんだ
A:これもなんていうか、さっきと同じで、このあとになにか邂逅があるんだろうな、ていうエピソードゼロ的な組み方だった気がしますね。そういう良さだった気がしますね、この作品も。10分短篇があって本篇があるんだろうな、ていう
B:エピソードゼロ、良い言い方ですね。前日譚
A:格闘ゲームとかでもあるやつですよね
B:どうやってこの大会にやってきたか
A:桜井さんの最近の動画でありましたけど、いきなり知らない奴らきても困るみたいな場合にどうするかってので、まず短篇作品に触れさせる、みたいな。そういう面白さだったかなと思いましたね
C:ぼくは主人公のキャラ性が最後、ヒーロー側に落ち着いたのは結構腑に落ちた部分があって
B:そこは結構丁寧に書いてあった気がします
C:この能力を身につけたなら使わないといけない、それをヒーロー的な部分で使わないといけない、でもそのためには敵が必要だ、ていうので殺し屋をやったから、そこが解消されればヒーローに寄るよな、ていうのは、すごいしっかりあったなと
A:アンゴルモアを倒すために
C:逆に意外だったのは叙述トリックの部分で。―――見事にやられました。一瞬あれ誰だ?てなった挙げ句に「ああ!」てなって。たしかに男性って一言も書いてないわ、と
B:ぼくもやられたんですけど、もうちょっとそれが他のところとリンクしててほしかった、みたいな心理があります。実は女の子だったことで、まえの描写の、ちょっとした会話の意味がひっくり返るとか。結構単発で終わってしまっているのが、もったいない気持ちがありました。せっかく面白く仕込めたのだから、というのはあります
C:ぼくそのあと何回か読んで、女性にみえない、みたいなシーンがあって、あれこれかなと思ったんですが、キッカちゃんの紹介のシーンでしたね
B:けっこう最初で、依頼が来るじゃないですか。「サクラスグルを殺せ」と。ということころで、ちゃんと時間を合わせてくるやつは良い客だ、みたいな。ところから入って、そこはなんか、そうやって依頼の仕方から値踏みしてゆくのがプロらしくていいなと思ったんですよ。ただあの、なんか、普通だったら政治家とかヤクザを殺せ、っていう話だけど公務員殺せってのは不審だな、みたいなことを云いながらも別にまあ問題ないから受け入れるかみたいなところは捨て鉢だなと思ってて、最初はなんかそれがアンバランスと思ったんですけど、あとから「別にこの人殺し屋やりたいわけじゃないんだ」てことがわかると、そこに説得力が出てきて良いなってのがありました
C:ぼくは、すごくこう、要素の中に平成ライダーのシーンがあって、そこがメタ的にもおもしろいシーンでしたし、あと結構、平成ライダーなのがいいなと思って。特に龍騎って、ヒーロー観の部分ががっつりはいってくるんですよ。元々仮面ライダー龍騎ってその、仮面ライダーの善悪とかそういう話になってくるんで。ヒーローとはなにかとかそういう部分にかかってくるんで、そういう点でも題材選びが小道具が合ってるなと思いました
A:現実に存在するものを劇中文言として登場させている作品を読んだときの受け取り方で悩むことが結構あるんですけど、
B:けっこうありましたね、全作通してみても
A:ありましたよねけっこう
B:モンローマイディアでも暗殺教室とか出てきましたし
C:「完全にモンハンだろ」っていう
A:うまいこと効かせてゆくと良い味になるんだな、みたいのは通して読むと思いましたね

空から落ちてきた魔女の話

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B:ほぼほぼ全作触れてきましたね。あとは「魔女」のお話かな。魔女のお話はすごくほのぼのしててとても好きでした
A:七瀬モカさんの作品ですよね。あれはひたすらかわいかったです、ほんとになんか
B:そうですね
C:ほのぼのとした
A:めちゃくちゃほのぼのとしていて、こんな爆発のなかにいて良いのかしらと思っちゃうくらい
B:各作品がかなり暴力的なのに、爆発で。もっとも平和でした
C:ぼく、七瀬さんの普段の作品けっこうよく読んでて、爆発と絡ませたらどう料理するんだろうって期待がいちばんあった方だったんですよね。あんまり爆発をテーマにした作品を書かれない方なので、なのでこう、「そう料理してきたか」ていうのと、逆に言うと、あんまりこう、料理しきれてなかったかな、て部分もありました
B:わたしはあの、語り手の少年と相性悪かったです
A:主観的な部分ですかね
B:僕と真逆で
A:ああ
B:僕がもっとこの人のこともっと知りたい、と思うタイミングでぜんぜん興味がなくて、彼は。逆に彼がなにか手伝ってあげようかなって心変わりするところで、「え、お前いまかよ」てぼくは思っちゃって。まあ、これは相性みたいなのもあるんですけど、結構、そこを精緻に書かずに、あの青年は魔女の魅力を引き立てるためのキャラクターとしての役割が固定されていたというか、役がしっかりはまっちゃってるのかな、というのがありました。これがなんか、邪魔しなくていい、て人もいるだろうし、もうちょっと血を通わせてあげてよ、て思う人もいるかもしれないなと
A:全体の組み方として、個人的な印象ですけれど、イベントシーン的だったなと思いました。なにかそういう感じで、おいしいところをやっていた感じがしました。料理をつくるぞ!みたいなミニゲームがあって、その手前でこういう会話してるんだろうな、みたいな会話感、そういうやりとりっていうか、そういう印象を受けましたね
B:そうですね
C:ぼくはすごくこう、主人公が傍観者に徹しきってないか、って部分があって、最終試験のシーンとか、魔法からの料理するシーンなのだったら、もうちょっと主人公絡ませた方がおもしろかったんじゃないかなとか思いました
B:人の作品を前にして言うのもあれなんですけど、ギャルゲの主人公キャラクターを脱色するみたいな、そういう感じなんだろうな、てのを思いました
A:受動的とか能動的とかありますけど、行動を否定するタイプとかもありますけど、こう、
B:そこに個性をつけすぎると、プレイヤーが入り込めないから、
C:なるほどほんとに境界役
B:ていう意識由来でこうなっているのかなと思いました
A:女の子の可愛さを摂取するという意味では、やりとりの可愛さというかそういう部分では、男の子と女の子が会話していてかわいい、というよりは、おんなのこがなにかドジっ子でなんかやってる感じのかわいさがひたすら印象に残ったので、そう言う意味では成功してたって云うか、良かったのかなと思いました
B:まあでもほんとに、爆発ってテーマを与えられてこれ出してくるのは「はあ(なるほど)」と思いました
A:魔法の方向性でひとつ読めたのがほんとに良かったなと思ってます
C:相当考えるの大変だったんだろうなと思ったりしました
A:みなさんあの、爆弾だったり、頭吹っ飛ばしたり、血が吹き飛んだりねえ、人が死んだり、死んだ人が、とかやってる中でね、ほのぼのとしたのを読めたのはほんとによかったなと思いました。かわいさに触れられてよかったなと思いました。爆発の中で
B:でその後に、汚職事件(爆発物B)と、プルトニウム爆弾(爆発物A)が………
A:そのあとに汚職事件と孕んだプルトニウム爆弾の話しちゃうからあれなんですけどね、うん………
B:良い清涼剤に!(なってましたね)
C:すごくこう、バラエティに富んだ(作品群だったと思います)
A:まあ、ね、そんなこんなでね………

さいごに

A:ではお別れの挨拶として、一言ずつ頂けたらいいのかなと思います。では、ええと爆発物Bさんから
B:そうですね。ぼくもリハビリ的な意味合いが強くて、今回は。なんか書きたいな、書いてみようというのがあって。そういったところに誘われまして、ちょうどいい機会だなということで参加させて頂きました。講評自体もだいぶ久しぶりで、なんか、前にも増して、こんな偉そうなこと書いて、で、俺はできてんの?みたいなのはすごく苛まれたところがあるんですが、これを何回も繰り返して、ちゃんとよりよいものを書いてゆけたらと、改めて思いました。今回爆発っていうテーマで、結構応用の幅が広いとは思ったんですけど、ほんとに予想をガン、っと上回るような面白い作品にたくさん出会えましたので、ほんとに参加してよかったなと思ってます。良い機会をありがとうございました
A:爆発物Bさん、ありがとうございました。では、爆発物Cさん、どうぞ
C:そうですねやっぱり、講評という形で参加させて頂いて改めて感じたのは、普段こういう評議員の機会がないと、なかなかこう、読む作品って偏ってしまいがちなので、そういった点で新しい出逢いとして、ぼくの頭に風穴を開けるような良い爆発だったなと思っています。すごく良い経験をしたなと思いますし、ぼくの書いた作品もどこかの誰かに届いてくれたらなと思います。講評も頑張って書いたので、ぜひ全部読んでもらえたらなと。………でじゃあ、最後にそうですね。謎かけをやって終わろっかなと、思います!
B:あ、謎かけをはじめる気だ
C:ええ、「爆弾とかけて田舎で困っている人と解くその心は、どちらも導火線と雷管(どうかせんとらいかん)と言うでしょう」………ありがとうございました!
A:爆発物Cさん、ありがとうございました。では最後に………
A:ほんとは最初は、逃避行と同じでひとりで自主企画をやろうと思っていたんですが、やはりなにか読み手さんがお三方いらっしゃると感想も多種多様になっていいんじゃないかなあと思ったんでこういう形にしました。結果、ほんとうになんでしょう。自分のやったことがないことをやった側面がつよいんですけど、自分の中ではほんとに、こういうことをやれてよかったなと思います。爆発でほんとうにいろいろ、葬儀だったり頭が爆発したり、魔法の方向性のものだったり、いろいろなものが読めたのがほんとうによかったですし、自主企画をするほんとうに色々のものに出会えるのだなと改めて思いましたので、またどうにか体力があれば、やってみたいなと思います。あ、あと、なんでしょう。こういう方がいらっしゃるかは判らないのですが、「参加するために考えたけど参加できなかった」みたいな方がいらっしゃってもですね、爆発のテーマで考えたアイデアを別のなにかに活かしてもらえたら、わたしとしてはもう、万々歳ですので。はい。………ええ、というわけでみなさま。爆発の自主企画に参加していただいてほんとうにありがとうございました。締まりがこんな感じの、ふわっとした言葉ばかりでいいのか判らないんですが、まあ、こんな感じで、爆発小説の自主企画、終わってゆこうと思います。………ほんとうにおつかれさまでした。Bさんも、Cさんも、ほんとうにありがとうございました。おつかれさまでした
B:おつかれさまでした
C:おつかれさまでした~
A:ではではさようならです。はい、終わります。はい。では。………


座談会終了


以上で自主企画は終了です。
ご参加くださった皆さま、ほんとうにありがとうございました。

2022年11月11日 宮古

「逃避行」「逃避」がテーマの小説(新作書き下ろし限定)講評|2021.11.03

f:id:Miyakooti:20211012184937j:plain

製作者:不可逆性FIG(@FigmentR)さん


こんにちは、宮古遠です。

2021年9月18日~2021年10月16日にかけて、カクヨムの自主企画にて行いました『「逃避行」「逃避」がテーマの小説(新作書き下ろし限定)』ですが、ようやく、ご参加いただいた小説すべての講評を書き終えましたので、こちらにて掲載をさせていただきます。

kakuyomu.jp

はじめての自主企画でしたから、それほど集まることはないだろうと思っていました。が、最終的には19作品と、思っていた以上にいろいろの作品が集まりました。ほんとうにありがとうございます。

わたしなりに作品に対し、読み、思った事柄を講評として書きましたが、これらはあくまでも、わたし一人が作品に対しこう思ったという私的な文言に過ぎません。ですから、なにかちょうどいい塩梅にわたしの文言はうけ取っていただければなと(ないしはすべて無視していただければなと)、個人的には思います。

いろいろ前置きを書きましたが、今回、自主企画をやってほんとうによかったと思っています。逃避・逃避行をテーマとして、これだけいろいろと毛色の違う作品を読むことができたのは、とても楽しい事柄でした。参加いただいた皆様、ほんとうにありがとうございました。

講評ですが、作品のネタバレを多分に含みます。自作以外の作品の文言をお読みになられる場合はまず、その作品を事前情報なしに楽しんでいただき、そのうえでわたしの文言は文言として、読む機会がありましたら、お読みいただければと思います。

では、以下より講評です。………

 

 

 

参加作品

001 夜行世界|冬気

夏の終わりの頃。中学3年生の僕はこっそりと家を抜け出して、近所の高架下にある取り壊し工事中の公園へ向かう。その場所で一時を過ごすと、昼間の自分が経験した嫌な事柄の諸々を忘れ、気楽でいることができるからだ。ゆえに僕は、毎夜のようにここへきては、暗闇の、一人の世界で、ぼうっと過ごしていたのだが………その日。誰も居ないはずの公園には、自称高校2年生の樋口香澄なる先客がいて―――

現実逃避をした先で出会った、不思議な魅力を有する方との逢瀬についてのお話、だったと思います。

とにかくだだだとワンシチュエーションで作者様の思うエモ感情を武器とし、事柄をシーンでぶん殴ってゆくタイプの小説に思いましたから、「これがどういうお話か」についての状況説明は今回、あまり重要ではないのだと思います。とにかくそれらが最初の絵から、最後の絵に至った際にどういう感情を摂取できるかの部分に、重きが置かれていたと感じます。

ラストの場面などは特にそうで、そうした、光景の駆け巡る感覚が、そのまま表されていたシーンだったと思います。作中、なぜ彼はここにいるのか、なぜ彼女はここに来たのか、出会う運命にあったのか、突然居なくなったのか、再開するに至ったのか、など、それらはっきりとは描写されない理由付けのもろもろが、一瞬でだあっと開示され、終わりを迎えます。

ですからわたしは、この小説は、楽曲的な音と映像のもろもろを、そのまま、ミュージックビデオ的な組み方で小説として縫い付けたもの、と、捉えました。繰り出されるいろいろの言葉が短文でぱっぱと繰り出されて、光景が組みあがってゆく文章感のよさからも、そうしたものを思いました。改行は少なめであるのに、読み口がすっきりとしているからこそだとわたしは感じます。

ただそうした、なるべく事象の説明抜きに、みえる光景のみを書き出し、ラストまでもってゆく事柄に文言が集約されていたこともあってか。わたしとしてはどうしても、作中、何がどういう順番で起こっていたのか(前の世界の事柄も含めて)の諸々を、一回目の読書では、どうしても理解しきれませんでした。

文中の日付を、わたしはすべて順番に未来へ進むものと受け取りました。ので、仮に最初の日付を2021年8月15日としますと、最終的には2023年6月10日になっていると受け取りました。ですので最終的に、主人公は中3から高2になっていて、ヒロイン(主人公が助かる世界線の、記憶を継承したヒロイン)は主人公が高1のときは中3で、最後の再会のときには高1になっていると捉えました。が、もしかするとヒロインは、その3つ前の、主人公の記述である「9月1日」と同日に「朝、目が覚めると~」の記述を行っているやもしれず、その場合は最終的に主人公と同学年の高2になります。

同学年になる、という意味で、こちらのほうが自然なのやもしれない、と思いました。が、どちらで捉えればよいかがどうにも判断をしにくかったので、「これは前へ時間描写が戻ったりはしていない」と捉え、「主は高2、ヒは高1である」として、ラストシーンを読みました。時間経過や、どうしてひとつ前の世界のヒロインはこちらへやってきて主人公を助けようとしたのかなどの諸々が、もうすこし表層に出ていると、わかりやすく読めた気がします。

002 Run away|増田朋美

猛暑がおわり、穏やかな季節になった頃。製鉄所の理事長たるジョチさんは、病気療養のために日本からフランスへ移住した水穂さんが、施設でゆっくり過ごしていることを知り、安心する。一方その頃フランスでは、療養中の水穂さんが元気になるよう、杉さんが食べ物を食べさせようとする。が、彼女はどうしても食べてくれない。咳き込む口元にあてたちり紙は彼女の鮮血に染まる始末で、一向によくなる気配はなく―――

病気になった人が、自分にとって居心地の悪い土地から逃げて、思うように過ごせる土地で療養生活をする話、と解釈しました。

逃避のテーマに準じる形でこのような筋をわたしなりに抜き出してはみたのですが、このお話の内容は正直、このような形をしていないと思います。NHKさんで放映されている朝の連続テレビ小説など、あるドラマシリーズの、ある会話の一幕のみをぱっと視聴したときのような味がいちばん近しいものであると、個人的には思います。

ですからこの、今回読ませていただいた小説は、日常の会話の一幕を抜き出したがゆえにみえる各々の思考感覚や人生所感のようなものが、ひとつ魅力として、描かれていたお話なのだと思います。

読書感が独特で、現代を舞台にしているようで、なにか、宮沢賢治さんが描かれたような、現実でもあり空想でもある、童話的な世界観を基礎としたお話を目撃している感覚がありました。これはおそらく、日本やフランス、製鉄所や電話、ニュース番組など、見知った国、道具、建物、言葉が作中に出てくるものの、それら登場人物たちの存在する空間が、現実から切り離された場所に存在するものであるかのように、感じられたせいに思います。

このお話は背景におそらく、とてつもなく膨大な出来事や、人物同士の魅力的なエピソードが存在しているのだと思います。『たぶん単独でも読めます』ということでご参加いただいている作品で、それゆえわたしも読んだのですが、いかんせんどうしても、わたしは、このお話に登場する人物それぞれがどのような関係性にあり、どう魅力的であるか、などの事柄を、この一篇を読むだけで推察するのは、どうしても難しいものがありました。

これはおそらく、登場人物についての記述が、お名前だけの登場をされる方も含めて9人いらっしゃったために思います。それだけの人数の関係性が存在するものを7000字の中できちんと観測し、面白く書ききるには、字数的にも描写的にも、限界があると思います。

あくまでもこのお話を「フランスで療養生活をする水穂さんを中心としたお話」と仮定するならばですが、人物をフランスに存在する方々3,4人に限定して「療養をする瑞穂さんと、それらを支える人々のお話」として書くと、本編でもあり外伝でもあるお話として、成立したのではないかな、と感じます。

003 靴|草食った

足を撃たれた盗人ベリスは、身障者のみが住むドゥーナ村の人間に助けられ、聾者の歌姫・レオノールと出会う。その美しさと神聖さに衝撃を受けるベリスだったが、或る日、彼女がもうすぐ、この土地の王の妻の一人になると知る。「一緒に逃げよう」半ば衝動的に、村からの逃走を提案するベリス。その手を取るレオノール。こうして二人は村を抜け、森をゆき、ほんとうの自由が待つであろうベリスの故郷を目指すのだが―――

悪人が、匿われた村で出逢った娘と関係になり、逃避そのものを目的とした逃避行を開始するお話、と感じました。

最初の読みの時点で、「こういうのが読みたかった」となったお話です。作品としての世界観、行動をする人物の造形、やりとりがまずよかったですし、逃避をする合間合間に「なぜ二人はこのような逃避をはじめたのか」の起因につながるまでの過去の事柄が挿入されつつ末路へ突っ走ってゆく構成が、どうしようもない逃避というのを表しきっていたように思います。

逃避において大事なことは、夢を現実とすることでなく、ただただ夢を見続ける状態に居座り続けることであると、わたしは思います。夢を見続けていられれば、ほかをみずに済むからです。このお話では、逃避の果てに目指すものが「あなたの故郷」となった時点で、逃避行、であるはずなのに、過去との対峙を強いられています。この時点で、もう、主人公が現実に追われていことは明白なので、逃避の先にある末路が、死を伴う、かなりの危険性を有するものであることがなんとなく察せられます。

夢を見続けていようとするのに、そこへ無視できぬ現実、現状を突きつけられるのは焦燥に駆られる案件ですが、「いまそれをすると、あとで絶対にこうなる」という、逃避をすればあとで大変なことになるのに逃避を開始する、のは、麻薬的快楽物質の生じる事象であると、わたしは思います。一瞬の幸福を得ることと、そのあとの死、が選択肢に浮上した際に幸福の側を選択してしまうのは、その、幸福を与えるものがどうしようもなく魅力的で、対象を狂わせてしまうほどの魔性を有しているからこそなのだと思います。

そういう意味でも、聾者の歌姫・レオノールは、本人にはおそらく自覚がありませんが、他者どうしようもなく狂わせてしまう無自覚なファムファタル、めいたなんらか、だったのだと思います。ゆえに主人公は、村に匿われた際の、盗人として生きてきた経験、思考感覚を逸脱した、普段の彼ならば踏み込まぬ危険領域へいってしまったのでしょうし、国の主もラスト、歌姫を攫おうとした彼を、部下に指示して殺させるのでなく、わざわざ自分が出向いてゆき、始末したのだと思います。

歌や接触によって他者を癒し、幸福を与える存在でありながらそれにある種の破滅をもたらす存在である彼女は、ほんとうに魅力的で、厄介な人物だったと思います。境遇や身体的な特徴、そのすべてが、他者を狂わせてしまうものとして、機能しきっていたと思います。湖として澄んでそこにあるものを勝手な願望から別の場所へ移そうとしたり、自分のものにしようしたりすると、祟りが降りかかり破滅する、めいたものだと思いました。

ですからべリスと同じに、結局は領主も、彼女を妻とした途端に破滅へ向かう気がします。怪異的魅力を有する存在がレオノールという女性で、だからこそ片腕のないグスタフは、あくまでもただ湖の傍に居続けようとするのだと思います。

もっといろいろの事柄を読みたくなったのですが、これは、書かれている事柄がよいシーンすべてを凝縮したものになっているからこそであると思います。そうした感情に駆られるというのは、ほんとうに、読んだこのお話がよいものであった、ということだと感じます。タイトルの通り、靴にはじまって靴におわるのもよかったです。

004 茜色した思い出へ|あきかん

茜色の夢の中で、俺は何度も死んだ妹の亡骸をみる。俺に「愛している」と云い、「殺してやる」と叫んだ妹の死を………そんな、妹の死に囚われる俺も、いまは幸せの中にある。帰りを待ち、食事をし、一緒に映画をみる彼女がいる。そんな彼女に俺は今日、「一緒になろう」と伝えてしまう。妹の光景を忘れるために、ベッドの中で何度も何度も「愛している」と繰り返す。が、茜色の、死んだ妹の思い出は消えず、ますます俺の中で色濃くなり―――

トラウマを抱える男が、トラウマから逃れるために別のものを愛するが、愛するほど光景が色濃くなってどうにもならなくなるお話、と解釈しました。

事柄が判然としないお話で、もしかすると現実と夢とで光景が永遠にループしているのではないか、とすら思える内容でした。なんらかの状況下を彷徨い続ける男の心理が、この、判然としない内容と構成によって、表されていたと感じます。

個人的にすきだったのは、文章の書き方を変えることで、夢の中の光景下では「色と場面(赤一色、一枚絵。静止したもの=死)」が強調され、現実の光景下では「音とリズム(動作、所作、動くもの=生)」が強調されているところです。実際そうかはわからぬですが、夢と現実とで違う五感が描写の主、となっているので、なおさらそれらが別世界だと区別されていたように思います。

わたしはこのお話を、夢に囚われているがゆえに同じ罪を繰り返している男の話、と解釈しました。夢の中の妹(死の象徴)に、現実の女性(生としてすがるべきもの。生贄)を捧げ、男にその意思があろうがなかろうか、夢に許されるためには現実を夢に捧げるしかない。だから現実(愛すべき女性)を殺してしまう、それをずうっと繰り返している、のではないかと思ったためです。

間違いでしたら、なんともすみません。ただこのお話は、変なことを云いますが、それぞれがいろいろの解釈を行えるのがよい点であると思います。それぞれに違うなんらかをイメージする、させる、という事柄のために、作中の諸々の記述はあるのではないかと思いました。なにやらかを相手に想像させるために、背景の掴み所を極力少なくしているお話、という印象です。

ただ個人的には、主人公の犯した罪、「自分のせいだ」と思っている事件についての情報が、もうすこしなにか、断片的にでも追加されているとよかったのかもしれないと思います。どうしてその光景から逃げようとしているのかの理由付けを強くする、というよりは、それによって、こちらが行う解釈の幅が広がるのではないかと思ったためです。

いろいろ書きましたが、夢のなかの光景と現実の光景とで文章の持って行き方を変えている諸々がすきなお話でした。個人的には、このような文章ともってゆき方で書かれた怪奇幻想小説めいたお話を、機会があるなら読んでみたいです。

005 潮|尾八原ジュージ

大学四年の秋。留年の確定した僕は逃げ出し、あてもなく日本を北上した。そうしてある県へやって来たとき、僕はある中年と出会う。男は切羽詰まった様子で異様に水を怖がっており、きょろきょろ辺りを気にしながら僕にやたらと絡んできた。厄介である。ゆえに逃げ出したくなった僕は、次の駅で降りると決める。が、そんな僕に男は、「家族で車に乗ってさ。海に飛び込んだんだ」などと、ぞっとするようなことを云って―――

なにかから逃げている人が、なにかから逃げる道中で、なにかから逃げることの末期状態にある人間と出逢ってしまうお話、と思いました。

電車内へやってきた男の第一印象といい、不意にどんどん話しかけてくる事柄といい、どうしたって自分が応対をせねばならぬ状況、身なり、男の語る言葉の諸々が、とにかく「一緒の空間にいたくない」という感覚をひしひしとこちらに伝えてきて、厭で、すきでした。すっと不気味に出会って、すっと読み終われる読書体験が、とてもよいのだと思います。

「こわい/こわくない」の以前に、とにかく語りのうまさを感じました。逃避をテーマとしたお話としても、主人公の事柄と出会う人物との事柄がぶつかって、ある地点までたどり着いたところでそれぞれの、逃避に対する回答のようなものがきちんと示されるようになっていて、難しいことを簡単にやってのけているな、という心理に陥りました。だからこそ男は、わたしの脳裏にすうっと現れ、作中の主人公と同じに、不気味な話を聞かざるを得ない状況に陥ったのだと思います。

またこれは、別の事柄ですが、電車やエレベーター、バス、タクシーなどの、「AからBへ動くなんらかの空間」というのは、そこで生じるお話やアクションや出来事そのもの魅力を、妙に高めてくれる気がします。

空間内での出来事は空間内のなんらかにしか対処できないし、その対処は動く空間が目的地へたどり着くまで終わらないという、手段のある種限られることを、わたしが好いているのだと思います。ぼくはこれらを、主にアクション映画にて思うのですが、今回、不気味な話でもそういう状況が生じるのだなと、改めて感じました。

男が気味の悪い言葉を残し下車した後の記述は、いまの半分くらいの文量で同じ事柄をばっばと示してブツンと、オトとして終わらせてしまうほうが、気味悪いセリフの勢いを感じさせるまま事柄を終われる気がしました。ただこれは、わたしの好みがこうであるというだけ、曲調の違いに思います。いまの記述は主人公の実感に寄り添った組み方だからこそで、このほうが起こった出来事と心理の湿っぽさが活きますし、あとからじわじわと忍び寄ってくる不穏、の感覚が、効いてくるのだと思います。スッと読めてしまう読書感がとてもすきなお話でした。

006 悪夢の薫香|志村麦

悪夢にうなされる少女が、そのことを先生に相談する。先生は少女がぐっすりと眠れるよう、匂い袋を渡してやるのだが、やはり少女は悪夢をみる。悪夢の中で少女はいつもなんらかの恐怖から逃げていて、かつそれら猟奇的光景が、近頃街で起こっている猟奇殺人と重なるため、少女をますます不安にする。ゆえに先生は例の香をまた焚いてやるのだが、或る日とうとう、少女の悪夢の光景通りに、現実で姉が殺されてしまい―――

悪夢から逃れたい女学生とその面倒をみる先生のお話、と思っていたら、実は悪夢も女学生も先生のみる快楽狂夢の事柄で、逃れたいのは先生だったお話、と捉えました。

昔の小説の雰囲気があって、それがまずすきでした。好みの味をしているなと読みながらすぐに思いました。劇中のそれら、猟奇殺人や少女のみる悪夢、世間での出来事の諸々が、「先生に診察をしてもらっている少女」の口からいろいろ語られてゆくというのがもう、いいですね。

かつそれら告白が、最終的には、先生の犯したいろいろの罪によって先生の一部となってしまった、少女の霊魂たちの告白だった(少女と先生の対話のようで、実際にはすべて、先生の中で完結をしていた事柄だった)と判明する、事実のどうしようもなさがすきです。

少女がなんらかを先生に対し告白するという事柄の時点で、シチュエーションのよさを思います。禁忌を冒しているであろうことがなんとなく察せられる対話の距離感をとてもよいと思うためです。少女の外見、姿形をしているが実はそうではない、欲に満ちた、恐ろしさに満ちた、不純で不気味な裏の顔、内面を有する、少女の如き存在だったと判明をする展開には、それによってしか得られない薬効めいたものがあると、わたしは漠然と思います。

ただ、少女視点を主としてお話を語ってゆく雰囲気そのものを大事にされていたがゆえ、とはおもうのですが、小説内で起こっている事件や、人物の諸問題と関係性が、すこしわかりにくかったです。ゆえにですが、ラストで「実は」と明かされた事実の効き目が、100%の出力に達していない感じがあります。

もうすこしなにか、前半の、誤認のための手がかりがわかりやすく表で組まれていると、反転の衝撃が衝撃として効きやすくなったのではと感じます。少女視点の記述をもっとたっぷりといろいろ言及させるか、いっそ先生側の視点を増やすか、新聞記事を挿入するかすると、受け取りやすさとしてはよかったのやもしれません。とにもかくにも、文章の有している香りというか、雰囲気がすきなお話でした。

007 大体アイス食べてる小説|辰井圭斗

或る夜の小道で、慎司さんはわたしに「帰したくない」と云う。わたしはその、彼の精一杯の言動にぞくぞくとして、銀の環を薬指にした左手を「約束は守れますね」と彼に差し出す。こうしてわたしたちはコンビニへゆき、ものを買い、ホテルへ赴く。ハーゲンダッツのバニラを食べ、素敵なデートの思い出を語る。その先に待つ「行為」に対する、言い訳を重ねるようにして―――

ある男とある女が、不倫という、「よくないもの」とされる行為をすることで、互いの属するさまざまのものから一時逃れようとするお話、と思いました。

不倫は禁忌と思います。だからこそ高まるのだとも思います。共犯関係に陥り、二人だけの秘密を有することで、一種の逃避を行える機構、心の支えとなりうるものが、互いの心理内に生成されるのだと思います。

不倫の前に、過去の素敵な恋愛の思い出や白くて甘いバニラを選んで食べているのは、それら思い出や食べ物を踏まえることで、行為に一種の正当性を持たせているのだと思います。よしとされるものの延長線上に、駄目とされるものはあるのだよ、ということの持って行き方は、実に堕落のなりゆきめいていて、よい事前会話をしているなと、ただただ思いました。

これは個人的趣向ですので、気持ち悪かったら申し訳ないのですが、わたしはそうした読み物の場合、正統よりは不純方向のものに興味を発する趣があります。それはたとえば、女性が上手な、余裕綽々の振る舞いをして、男性がそれにたじたじとしてけれど頑張ろうとする場合などに、たいへんに効果を発揮します。もちろんこれはケースバイケースで、さまざまな要素が関わって、合う合わないが起こるのですが、今回は正しくわたしの中の、特定の趣向に対して生じる感情の発露が、きちんと起こったと思います。

かつまたこの短文には、行為、それ自体が、結局はまったく描写されません。いよいよそれに移る、というところで、フェードアウトしてゆきます。それがよいと感じます。もちろん、行為そのものをお書きになったなんらかもたいへん良いわけですが、この、短文には、事前行為そのものよさだけを頂くことのできてしまう、味のよさがあるのです。あるとわたしは思いました。

そう言う意味で、このお話は、かなり意図的にそれら場面だけを抜き取り、小説にしていると感じました。お二人にどういう境遇があり、どういった関係があるのかは必要最低限の情報にとどめ、それでも「これは不倫である」ということが判る程度に示してあるので、ある意味「覗き」をしているような、感覚に陥る気がします。覗きみているからこそ、この字数でありますし、ゆえのよさなのだと思いました。

一点あるとすれば、「逃避行」の文言がそのまま文中に出てくることなのですが、これはわたしが逃避行企画を主催しているせいで気になるのだと思います。やりとり自体の良さに満ちた駄目なことをするお話で、よかったです。

008 心臓を濯げキアウィトル|藤田桜

乾いた都市に再びの雨を降らせるべく、僕の妹は生贄に選ばれる。その日、妹はふといなくなり、ぽつんと木陰で涼んでいた。神の花嫁となる妹と久しぶりに会話をする僕だったが、とうとう別れねばならなくなる。すると妹が、僕に何かを云おうとする。が、なにも云えない。ぼろぼろと涙をこぼすばかり。様相に、妹の恐怖を悟った僕は、咄嗟に妹の手を取ると、妹の命を救うべく、あてもなくどこかへと駆け出すのだが―――

兄が、生贄になる妹を救おうとして衝動的逃避行を図るのだけど、あっというまに捕まってしまい、行為前以上の絶望の底に陥ってしまう話、と思いました。

神に生贄をささげ、飢饉や日照りなどの危機的状況を終わらせようとする行為、そのための人身御供の文化が存在をする王国の事柄で。そのルールが存在するからこその平穏と、信じるものを救うための方法と、それを受け入れられぬ苦しさと、受け入れてきたからこそのどうしようもできなさなどの諸々が表されているお話であると、個人的にはおもいました。

こうした習慣、宗教的なものに対しての知識を、わたしはほとんど有していないため、どうしてそのような、心臓を抉り出すなどという恐るべき行為が、なんらかの状況から人々を救うための方法として行われているのだろう、などと思ったのですが、いまはいまで、それがなんらか別のものに置き換わっているだけで同じようなものは存在をするし、主人公の彼がとった行動や妹の所作のようなものは、極めて普遍的な感情である、と最終的には思いました。

「妹を助けたい」と主人公が思い突発的行動に走ったのは、身内に理不尽の順番が訪れたことで、ようやく「この世界はこういうものだから」というルール以上に大事だと思える信条を自覚したせいなのかなと、思います。

こういう感情の発生はわたし自身もあるもので、そもそも、それがそうであると信じられている世界で、それに対してなんらか違和感を抱くか、信じられているものに対する非難のようなものを行うのは、その人によっぽどの考えと行動力、計画力、知恵があるか、これら世界観を有する人々とはまったく別の世界に属する人がそれら考えに疑問をぶつける衝撃か戦争でも起こらぬ限り、難しいのではと思います。

だからこその悲劇、といいますか、突発的に、いままで受け入れてきたそれに対し、衝動が勃発したからと抵抗をし、逃げ出そうとしたところで、それとの戦い方も逃げ方もわからぬ以上、それに捕まってしまうのは致し方ない、という気もします。いつそれがわが身に起こって、そう行動せねばならなくなるかわからない、という辺りに、この、悲劇の有するどうしようもない理不尽と恐怖と虚しさとが表されていると、わたしは思いました。等身大の行動ゆえの末路へ至ってゆくことの描かれ方が、よいお話だったと思います。

一点あるとすると、衝動から逃げだしたところの、とんでもない事柄の当事者に自分たちはなっているのだという戸惑いや、絶対に逃げ出せるという、なかば全能めいた感情が、もうすこし詳しく動作として書きだされているとよかったのかもしれないです。が、文章は現状がかなりの最適解であり表し方であると感じますので、無理になんらかをくどく書き足すといまのバランスが崩れる気もします。うだうだとすみません。

009 サーモン・オブ・ザ・デッド|武州人也

ある日突然、街はゾンビの巣窟と化した。小学生の創と航大は、さまざまの危機に陥りながら、航大の姉・理菜がまつ大学の研究室へたどり着く。すると理菜は、「ゾンビの発生原因はここの研究室で開発された鮭を、ある川に放流したのが原因」と告白。イクラ駆除への協力を求める。こうして三人は、超強力な毒を手に、発生地の川の上流を目指す。彼らは作戦を成功させ、未曽有の鮭ゾンビパニックを終わらせることができるだろうか―――

鮭を由来とするゾンビパニックから逃れ、ゾンビパニックを終わらせるべく、川の上流に産み付けられたイクラ駆除しに向かうお話、と思いました。

鮭がきっかけでゾンビパニックが勃発するなんらかをわたしははじめて読んだ気がします。猿をきっかけとして発生するのには『28日後』がありますけれど、鮭はないですし。詳しいわけでないからわかりませんが、なんにしてもはじめての体験でした。

サーモンの生態を活用して、お話の諸々を組んでいるのがおもしろいなと思いました。かつ、その生態に準じた気持ち悪さがあるのがいいです。ものすごい数のイクラのたまごが産み付けられていたシーンは普通に気持ち悪かったですし、想像したくないものでした。気味の悪いものが水の中にある、というのが、陸の上にある気持ち悪さ、とまた違った、独特の不気味を発生させているのではないかと思いました。

そうした生物の脅威を倒す方法が「上流へいってやばい毒を川に流す」というのが、もう、どうしようもない環境破壊大攻撃で、すきでした。こうなってはいけない、というものですが、ゴジラに対するオキシジェンデストロイヤーのようなもので、どうしたってそれを使わぬと駆除できぬ危機的状況というのが、これによって示されていると感じました。

そしてこの研究室のどうしようもなさをただただ思い知りました。ゾンビをなんらか発生させる研究室、なんてものはどうしたって倫理観がやばい研究室でしょうけれど、このお話は、短いながらも極めて正しく、愚かでだめだめな研究所ムーブを踏まえていたお話に思います。

サーモンが主役の作品、という趣のタイトルのわりに、サーモンの出番が序盤とラスト付近にしかないのが、すこしさびしいかもしれないです。ただ、本作における鮭は、あくまでもゾンビを生成する原因でしかなく、それになんらか、モンスター映画的攻撃力を求めるのは筋違いな気がしています。ただどうにも、『ギョ』のように鮭が陸へ進軍するわけにもゆきませんから、このあたりの塩梅がなんとも難しいお話だと感じます。

登場人物が猟銃を持っていたのもあって、サーモン由来のゾンビクマが登場しても良かったのではないか、という心理もありました。もしかしたら出てくるのかもしれない、と期待したのがよくなかったとは思うのですが、なにか、変化として一回、鮭由来の最強ゾンビ枠として、一匹最後に登場しても、よかったのかなと思います。ただ恐らく、そうすると字数が1万2千字以内に収まらぬ気がしますし、そもそも現状でもいっぱいいっぱいにことが詰め込まれている状態であると感じます。

とにかく、なにをどう登場させ活躍さすかの取捨選択が難しい題材だったのかな、という気持ちがあります。冒頭シーンからの積み上げ方から思うに、70~90分の長さにマッチする展開をどうにか30分に収まるようくみ上げたお話、という印象があります。いろいろの劇中の戦闘描写も、字数ゆえにカットをした描写があったやもしれぬと感じます。ラストシーン以降のなんらか、エピローグシーンがあるとうれしかったのですが、字数ギリギリでどうにか戦ってくださったのだなと思ったので、もうすこし字数上限を増やせばよかったやもしれないと、どうにも後悔をしました。

010 月台の道|椎葉伊作

両親のゴタゴタ由来で祖母の家へ預けられた僕は、そこで祖母と過ごすことで、はじめて人生の幸福を知った。が、ある日。僕は山中の、妙な門の向こう側で白づくめの女性と出逢ってしまい、それを知った大人たちは夜通しの話し合いの末、僕を村から追い出すと決めた。幸福な祖母との生活を失い、虐待をする両親との不幸な生活に再び舞い戻ってしまう僕………それから20年。すっかり大人になった僕は、ある願望を抱くまま、幸福の村、つくてな村を目指していた―――

幼いころ得体のしれぬものに出逢ったことのある男が、己をとりまく不幸から己を完全に逃がすために怪異を利用するお話、と解釈しました。

詳しいわけではないのですが、このお話は、怪談噺の形式をしっかりと踏まえたものだったと感じます。怪異がどういうものなのかどういった由来があってそこにあるのかなどは作中、まったく判然としないのですが、とにかくその門を越えると現象に取り込まれてしまうのだ、ある種の救いに至れるのだ、という、土地に根ざした厄介なものが表されていたのがよかったです。

主人公のいろいろの経験が、それにしか救いを見出すことができなくなったった結果の過程を示していて、もの悲しかったです。愛されなかった経験ゆえに負の出来事と感情を記憶するようになったのやもしれぬのですが、それに加えて、おそらくは怪異が彼に対して、「ここへ戻ってきたい」と思わせるような精神的影響力を、幼少期の邂逅時点で、彼に与えていたのだとも思います。

作中の、判然としない会話の文言から推察しても、彼がそういう選択をしたのはおそらくそうした事柄由来なのだと思います。母胎回帰的願望を相手に抱かせるものなのだと感じます。回帰、という感情には、ものすごくつよい願望が働くものだと個人的には思います。未来に希望を見出せなくなる、自分にあう、自分の慣れ親しんだものがいなくなるためにそうなる、といいますか、現在に生きているようで過去しかみなくなる状態は、だれであれいろいろの形で発生をするものだと思っています。

そう諸々を考えると、彼はある種の洗脳状態にあった、とも感じられます。視野が狭くなり、ある方向へ思考が極まる瞬間は、ただしくこういうものだと思います。わたしも経験があります。彼の至った「それのなか」という幸福は、彼の心理としてはどこまでも安らかで、かつあたたかなのでしょう。が、怪異の側からすると、彼を穏やかな状態にしたいとかそういう情はおそらくなにも有しておらず。どこまでもそれらしく見せることのできる仕草を有しているだけだと思われます。そしてそれらの活用によって、怪異は、己に魅入られたものを捕食する。己という現象を維持するための養分とする、のだと思います。

相手を快楽や強烈な印象などにより呆けさすことで生じる疑似的な恋愛や、それを由来として人物の勝手な願望成就、つまりは回帰、相手を取り込むことを行いうる怪異存在、というのがわたしはとても好きなので、そういう意味でもわたしは、このお話の雰囲気のよさを好いています。逃避のお話のようでありながら、実はまったく逃避でなくて、呼び込まれるまでのお話だったと、個人的には思います。

「よっつ」の、大人たちの会話は、ぼかさず明確に書いてしまってもよい、と思いました。そのほうが後の主人公の末路がはっきり察せてよかった気がします。末路がみえつつも当人は当人なりに頑張ろうとした、という風に、記述が活きる気がします。

また個人的にこれは、他者の攻撃にやられた人のお話、疲れ切ってしまった人のお話、愛に飢えた人のお話、己が動くことでなく、己に不幸を与える周囲、つまりは世の中にどうにかなってもらわぬことには幸福を実感できなかった人のお話、と感じます。ですので冒頭からもうすこし、そのあたりのとげとげしいもの、といいますか、どうしようもない、世の中に対する当人の不器用な接し方であったり、愛に飢えている焦燥のようなものが、渇望として、うまくいかぬ事柄として示されていると、最期の包まれたところのシーンが、より、埋没の、薬漬けの快楽めいたどうしようもなさを感じられて、よかったような気がします。

011 白百合が灼け落ちるまえに|赤猫柊

ゾンビパニックの発生した異世界。どうにか籠城生活をしていたドライアド(各々に自らの宿木を有し、それと命を共有する種族)たちだったが、仲間の一人であるエコ姉が、ゾンビに噛まれ感染をする。彼女を救うには苦しむ前に死なせてやるしかない。が、想いを秘めるトトリにはそれができなかった。そしてトトリは、エコ姉の血を口にして自らもゾンビになる末路を選ぶと、彼女を彼女の宿木のもとへ連れゆくことにするのだが―――

ある女性を好いていた女の子が、その人が不治の病で死に至ると理解した結果、自らも同じ病になることで、ようやく正直になれたお話、と思いました。

ともに死んでゆくお話というのは、独特の質感があると思います。すがるものが限定されるがために、どうしたって感情が凝縮されてゆくという、独特の高まりがあると、個人的には思います。滅亡ものにしても、なんらかの自殺へともにいたる話であったとしても、その、死の瞬間までの間になんらかを共有することが、しあわせな光景でもあり、つらい事柄でもあるという、そういうものだと思います。

そういう意味で、「もうすぐ死ぬから最後にある場所へゆきたい」「ある願いをかなえたい」というこのお話は、ただしく逃避行のお話であったとわたしは思います。逃避行、というよりは、ロードムービー的な味が近いかもしれません。旅の中でいろいろの騒動があったりごたごたがあったりしても、最終的にたどり着くのは死、という光景で。だからこそ旅の内容、一瞬一瞬が光景になりうるし、印象的なものになりうる、そういうことを思います。

恐らくですが今回、わたしは、異世界を舞台としたゾンビパニックものに、はじめて触れたと思います。ですから正直、もろもろの事柄をきちんとたのしめるか、少々不安があったのですが、全然心配委する必要はなかったなと、思いました。異界を舞台としていても、存在する感情は同じですし、もう、しっかりきちんと、なんらかの結末に至り、そして始まるという、お話であったと感じます。

文中でも脅迫、と書かれている、女の子の行動のやばさが好きです。暴走だと思います。が、暴走をしたからこそ、お相手はたどり着けたわけですし、最期に至れたのだと思います。この選択が正しいだとか正しくないだとか、そういう事柄ではなくて、こういうときにこういうことをしてくれる人が傍にいるといいな、あきらめる己の傍にいてくれると嬉しいな、というような力強さが、あったのだと思います。

いろいろ紆余曲折ありつつも最終的には、その彼女の暴走が世界をすくいうるなにかを生み出すまでに至るというのも、奇跡的すぎる夢物語やもしれませんが、そうした光景が結果としてもたらされたということ自体が、その、駆け抜けていった感情どものの凝縮を、表されていたように思います。自分には書けない文章の強さだったと、わたしは思いました。

彼女らの属していた場所の事柄や、お二人以外の人物との関係性など、前提として記述されている諸々が、お二人の行動の描写を、すこし圧迫していた気がします。削ってはいけない箇所もあると思うので気をつけねばならぬのですが、できる限りそれら前提の記述は、お二人の旅路に関連するものにのみ限定するとよいのではないかと思いました。冒頭を短縮できると、字数に余裕ができるので、二人の旅路をもうすこしたっぷり描いて行ける気がします。

012 行くよな?与那国島|偽教授

21歳にして童貞を卒業した俺だったが、彼女はかなり経験豊富で、以来俺は毎日のように散々搾り取られている。身が持たない。女抜きで息抜きがしたい。ゆえに俺は、同じ大学に属する悪友で、幼稚園からの幼馴染である白神尾花(男の娘の恋人あり。俺の花を手淫で散らせたこともあり)と、与那国島へゆくことにした。とても楽しかった。が、夜。ホテルで白神は「お前の彼女と比べてみてくれ」と俺に云うと、俺を組み伏せ、モノを咥えて―――

彼女との性生活から逃れるため、男友達(男の娘の恋人あり)と与那国島へゆくが、結局逃げた先でも性行為をするはめになるお話、と捉えました。

シリーズものの一作ということでしたが、きちんとたのしく楽しめました。おまけ漫画的に楽しめる側面のある、よい一篇だったと感じます。出てくる人物それぞれの関係性が、相関図を書ける程度には示されているのに、その文章量が必要最低限の事柄で簡潔に処理されているので、情報の整頓がうまいなあと、ただただ思わされました。

事前を読むのがすきだと、わたしは別のお話に云いましたが、今回のものは、バトル物の作品をみるときにバトルシーンそれ自体にうおおとなるのと同じよろこびの感覚があります。どれだけ短くとも、ほしいもの、つまりは行為シーンそれ事態がきちんと存在していることにうおおとなるタイプの事柄です。

もちろんそれらシーンだけがよいからこのような感想になるわけではなく。前提のシチュも、「行為につかれたから一旦男友達と逃げる→結果逃げた先で」と、簡潔ながらもしっかり「ああ、なるほど今回はそういう」という風に、事柄への期待ができるのがいいなと思います。

ほんとうにきちんと、あるべきものが無駄なく、絶対そこに存在をしているのだと思いました。そういう示しになっているので、結果的にそれら、また違った、奔放な性の関係性ないしは各々の日常や自堕落さを読みたくなる、期待してしまう風にできているのがよいな、と感じました。

言葉が正しいか判らぬですが、極めてそうした読み物(そうしたものでなくとも)として物事を達成させてゆきやすい人物たちがそこに存在をしているなと、思いました。人物それぞれの特徴とその配置が、とても優れているのだと感じます。ゆえに人と人を組み合わせるだけで自然となんらかお話が、行為が生じてゆくようなものに思います。とても理想的な性の乱れ空間です。シリーズうちの一篇、ある外伝としても読めるように書かれたお話の、そう存在さすために行う情報の組み方のうまさを実感させられたお話でした。

013 僕と彼女の逃避行|灰崎千尋

大学生の僕は、同じ軽音サークルに所属する憧れの存在である女性から、一緒に逃げてほしいと云われる。どうして自分なのかと問うと、僕のことが好きだからという。本心とは思えなかったが、そう云われて断れるわけが無かった僕は、彼女と共に部室を飛び出し、勢いに任せて海を目指すことにする。電車に乗り、駅に着き、ついに海へ辿り着いたところで、彼女は逃避の理由を語る。それは、自分の祖母を殺したという、予想した中でも最も重い罪だった―――

ある人に惚れている男が、その人に「一緒に逃げてほしい」と云われ、利用されているとは思いつつも、最後まで付き合うことにするお話、と思いました。

ほんとうにタイトルの通り、僕と彼女の逃避行について描かれたお話でした。劇的なシーンがあるわけではないのですが、軽快な読み味のようで毒気ある事柄がぶっこまれるところに、なんというのでしょう、言葉が悪いかもしれませんが、火サスのラストシーンごっこ、みたいなものを思いました。彼らなりにそういうふるまいを懸命に疑似的に行った結果が小説の内容だった、という感じです。

作中にふたりのいた場所、光景が、はっきりと浮かびやすいタイプの小説でした。大学、電車、海、病院と、いろいろの場所が背景にあって、その背景の前でいろいろの心理が展開し、吐露、が行われてゆくのがよいです。どちらにとっても、とりあえずでそうなるのに都合がよかったから、こうなったのだと思います。

もろもろを話し、最終的には自分が逃げることになった原因と、意を決して向き合う選択をするあたりに、個人的には心の強さを感じました。両者にとって相手は都合の良い、一時的な、己の抱えているものを吐露することのできるなんらか、でしかないと思うのですが、その、両社にとっての都合の良さがあったからこそ、彼女は「向き合う」結論を自分の中から取り出せたし、僕の側も、己を肯定していいという心境へ、至れたのだと思います。

互いが互いにとってある種自分の中にある願望上の理想存在として振舞えたからこそ、この結末は生じたのだと、わたしは思います。相手をなんらかのために利用するというのは決して悪いことではなくて、利用するからこそ始まることがらもあると、わたしは思います。これはそういう話であったと思います。あえてごっこ遊びをしたことで、ことがひとつ解決をした、関係がひとつ構築された、そういうお話だったのだと、わたしは思います。

逃避の諸々が軽やかで、内容的には「逃避をシーンとして演じた二人のお話」と思ったので、撮影場所の地名などは実在のものをまんま出してもよいのではないかと、個人的には思いました。そのほうが景色が安定するので、逃走のためだけに形成された二人の行動と景色が、もっと活き活きすると思います。軽快に毒気が放り込まれる感じがよいと思ったお話でした。

014 赤ずきんはナイチンゲール〜孤独な怪物である俺の元に、口の悪い思春期少女が押しかけてきて、なんか命を救ってくれたりするお話〜|和田島イサキ

森の奥に棲む怪物たる俺の家へ突然少女が駆け込んでくる。が、俺は怪物ではなく臭い中年おじさんだ。ロマンスを期待したらしい少女は俺の姿に落胆し、俺をひたすら見下しはじめる。理不尽を感じる俺。が、仕事はせねばならない。「服を脱げ」と、少女に告げる。俺は医者だ。が、その言葉を、少女はセクハラと認識。いろいろの罵詈雑言を発した挙句、真っすぐ俺に銃口を向ける。精神をズタボロにされた俺は「殺せェ!」と少女に迫り叫ぶ。転がり続けるこの騒動は、果たしてどこへたどり着くのか―――

医者で中年のおじさんが、自分を怪物と思いやって来たであろう夢みる少女に見下され、それでも医者として診察をしようとしたらキモがられ銃を向けられるお話、と感じました。

勢いでどこまでも突っ切っていった印象がありました。なにかがはじまりそうでずうっとはじまらない、空回り続けているというのが面白かったと思います。怪物のところへ逃げ込んできた少女、というシチュの時点で、かなりなんらか定番の味がしそうなものがそうはならず、あくまでもその室内で、主人公の中年男性がひたすらに対峙する少女のキモキモ攻撃を受け独白で思考を駆け巡らし続ける。挙句共同作業を開始し、一種の達成に至るという、かなり独特な味のものを食べてしまった印象です。

思うことは、突然に格闘技、つまりファイトははじまるのだな、ということです。この小説は、エモい感情だどうこうだとか、そういう、物語性を有したなんらか、とかそういうのではなくて、ひたすらにバトル描写だけを読ませていただいたようなものだったのだと感じます。「少女vs中年おじさん」の対戦を、わたしは観戦したのです。

だからこそお話のなかでの文言の登場が、隠しつつ互いの様子をみつつ、手札を己の有利な時にばあっと披露する、ぶつける、めいた形になっていたのだと思います。男の見た目や、服を脱げ、と云った理由が医者だったため、という事柄があとからあとから繰り出されるのは、それらが情報の提示というよりも、それによる攻撃を相手に仕掛けているのだと感じます。

事故から始まるファイトの質感は確かにこのような後出し感があるだろうなと、かなりの納得感がありました。Twitterなどで目撃する戦いに近いものがあるやもしれません。そういう、お互いの戸惑いと、すれ違いと、勘違いと、間違った想定という諸々がすべてどうしようもなく盛り込まれて練りこまれた結果出来上がるのが、おそらくはこの小説の状況と、アンジャッシュ感と、銃弾の発射と、共同作業と、最後の地点への到達、なのだと思います。勘違いコントのどうしようもなくこんがらがったバーションを読ませて頂いた、という感覚が、個人的にしっくりきます。

なんやかんやあったけれど共同作業をしたことで大団円、と思いきや少女をとんでもないなんらかに覚醒させてしまったやもしれない、という事柄が、すこしわかりにくいかもしれないです。もうすこしだけ、少女が狂気に魅入られたことがあからさまに記述されていても、よかった気がします。

「おじさんが医者である」ことが、コント的なら冒頭からすでに観客側には伝わっているべきだろうかと一瞬思ったのですが、これはなんともわかりません。全力でお互いにファイトをするデュエル感があるのは断然いまですから、これがベストな形式にも思います。こんがらがったものをやっているようでかなり緻密な計算のもとに組まれているお話なので、いまの状態を崩すのはよろしくないとつよく思います。

どうしようもなく空転する思考感がはちゃめちゃに押し寄せてくる、迫力満載の小説でした。喜劇のような悲劇のような、どちらでもありどちらでもない、いったいなんなんだこの戦いは、という感じが、個人的にすきなお話でした。突然さが色濃くきちんと描かれていたお話だったと思います。19作品中でいちばんはちゃめちゃだったのは間違いなくこのお話です。

015 帰郷|ナツメ

さいころ俺にいじめられていたおまえが、大人になった俺の前へ現れる。出会いをきっかけに当時を思い出した俺はふたたびおまえに暴力をふるった。とても気持ちよかった。付き合っていた彼女と別れおまえと暮らすことにした俺は、どんどんと人生を狂わせてゆく。ぜんぶ、おまえのせいだ。そしていま、俺は、おまえとの記憶のはじまりの地である故郷の小学校の前にいる。昨日、俺とおまえが、そういうことになったから―――

昔いじめをしていた人が、昔いじめられていた人と再会したため、かつての関係性を思い出し、ある末路へといたるお話、と捉えました。

暴力が完遂されるまでのお話でした。主人公の云う事柄は一方的な吐露で、極めて身勝手な暴力者側の心情が描かれていると思いました。が、それら行為が投げやりかというと決してそうとはいい切れず。彼なりの、どこかサイコ倫理由来ではあるのですが、暴力がキチンとひとつの解決状態に至るまで行使され切っているので、ある意味とてもすっきりとした味わいのお話だったと感じます。

完全にそう、ではないのですが、このお話は失恋というか告解というか、過去に思いを馳せつつ語るお話だったのだと思います。彼がなにか表現する場合にいちばん自分らしくことを表せるのが徹底的な暴力の行使だった、思い出させてくれたのが彼だった、と思いますから、嫌悪と支配欲とが入り混じった愛情的表現として暴力が最終的に相手の命を奪うまでに至ってしまうのは、もう、当然に感じます。

変化のための儀礼儀礼のために存在し、死によって彼を変化させる生贄めいた存在が、「おまえ」、だったと思います。彼自体はそのつもりがまったくなく、自然にそう振舞っていたのやもしれないのですが、人を狂わせるというか、欲の狂気に埋没させてしまうという意味で、彼は極めてファムファタル的な要素を有した存在だった気がします。

変なたとえですが、時代劇で、斬られ役が気持ちよく死んでくれるから斬る側は凄腕の剣士になってみえる、斬ることに快感を覚える、みたいなことに思います。だからこそ、最終的にはラインを越えてしまって、偽物の刀でなく本物の刀で斬りたくなる、実際斬って殺してしまう、という事象が、起こったのだと感じます。なんらかの共同行為の果てにある死、だと思います。

主人公が冒頭から語りかける「おまえ」が、生きたその人でなく、死んだ彼の黒髪だったと判明するよう組まれているのがミステリ的でよかったです。これが行われていることで、語り掛けるものが黒髪だと判ったあとも、彼の存在がそこにあるような感じが、あったのだと思います。

誤認を発生させつつ、それによってものの背景を強化していることに、お話の組み方のうまさをかなり感じました。形が綺麗、といいますか、ものがきちんとあるべき場所にあるからこそ、このような味に仕上げられるのだろうなと思いました。どうしようもない暴力のお話が達成感あるすっきりとしたお話になっているのが、よかったです。

016 虎は死して皮を留め|御調

ついに私の番がきた。署名により無数の命を奪った私が、この国で頻発をする反発由来の死を迎えるのは、ある意味当然であると思う。だからたぶん、逃げずに殺し屋と対峙している。殺し屋は依頼主からの伝言を預かっていた。ゆえに私も、私の犯した罪を憎み、このような手段によって私を消すことにした革命者たちに、次世代へ向けての期待の言葉を遺すのだが、殺し屋が告げた伝言は、もう、まったくの想定外で―――

罪を自覚する人が、恨む人々が雇った殺し屋に殺されることとなったので、覚悟を決めて殺されるお話、と思ったら、この死は己とは無関係の、空虚な逆恨みによってもたらされた馬鹿らしいものだったと判り、絶望の死を迎えるお話、と思いました。

恐らくは唯一、逃避、逃避行をテーマとして、「逃げ出すべき状況下で逃げずに、追いかけてくるものを待ち構える人」を書いていたお話だったと思います。主催のわたしとしては恐らく、みなさんなんらかの逃避、現実逃避なり逃避行なりで、空想でも実在の距離でも、移動を主としたものをお書きになるだろうなと考えていたので、これを読んだときはかなり、「なるほど」となりました。

「逃げ出したいが逃げ出さない」から「ああ、逃げ出しておけばよかった」と、自分の想定していたものと違う理由によって死ぬと判明をするオチがすきです。人物の想定の通りに終わらないあたりにお話の妙を感じましたし、追いかけてくるものを待ちながらもきちんと最後は逃避の事柄に収束をするうまさをただただ思わされました。

こういう、「想定と違うなにかにやられる」事案は、なんというのでしょう、自分がやらかしたと思って次の日職場へゆくときに、怒られるのはいやだけれど俺はしっかりと怒られよう、みたいな覚悟を決めたのに、まったくちがう、別の小さな事柄で怒られが発生した、自分の思うやらかしについてはまったく触れられることはなかった、みたいな、肩すかしの心理を受ける事象に、どこか、似ている気がします。そういうものが最大級になるとこうなるのでしょうか。と考えると、これは政治サスペンス的なお話のようで、実はかなり喜劇的な味のするお話だったと思わされます。

とても面白い、アプローチ方法がよいお話だったので、ゆえに、といいますか。「なにかに狙われるため、狙うものからどうにか逃げることにする」逃避のお話も、読んでみたくなりました。これは、このお話が悪い、ということではなく、このお話がすきなので、正統派とされるものも読んでみたくなった、欲が出たゆえ、とお思いください。

「一人一作までの投稿」ということと、本企画に投稿されるお話の多くがそういう形になるであろうといろいろ考慮されたうえで、このお話を書かれたのだと思います。そういう、諸々を踏まえたうえで書かれているのが、うまいなあと、もう、読めば読むほど、唸るしかありませんでした。「虎は死して~」のタイトルも、続く文言が本来ならば小説内容であるはずがそうならなかった、風になっているのが、もう、感心でした。

017 白の世界を夢に見て|おくとりょう

人間社会をよくするナノマシン、グレイクラウドが空を埋め尽くし、空から青が消えた世界。僕の友人ハルは、あるテロ事件に巻き込まれ瀕死の重傷を負ったものの、研究者によりサイボーグに改造され、生き延びる。が、研究者はハルの身体に、グレイクラウドを世界を滅ぼす悪の物質に変えてしまう邪悪な機構を組み込んだ。ゆえに世界に狙われるハル。それらと戦い続けるハル。彼と一緒に逃げる僕。果たして僕らは逃げ続けて本当の青空をみることができるのだろうか。と思っていたら―――

僕と、世界を滅ぼすサイボーグに改造されてしまった友人が、友人を殺そうとする世界から逃げ続けるお話、と思っていたら、実はそれらは、友人を自殺で失った僕のみる夢の中の事柄だった、というお話に思いました。

ぼくと世界を滅ぼしうるきみ、というシチュエーションがすきです。空から青が消えた世界、という設定がいいなと思いました。どうしたって世界を滅ぼしうる肉体に改造されてしまった理不尽と、それを有していつつも、どうにか自分を滅ぼそうとする者どもから逃れ、生き抜こうとする感覚には、健気なものを感じますし、青春の味を思います。

など、そうした事柄を展開しつつ、最終的にそれらを夢オチで終わらせてしまうのは、かなり大胆な構成だなと個人的にはおもいました。が、おそらく、このお話の主人公は、なんらかのSF的世界観に現実で離別した友人の事柄を当てはめでもしないと、その人とまともに話せないほど傷が深いのだろうな、と感じます。

主人公のトラウマゆえに、夢の中の友人は、死ぬとしたら、どうしようもなく理不尽な機構を悪者の行った改造手術により得たせいである。世界に殺されるせいである。という、理由付けになっているのだと思います。友人の自死の原因が自分にあるという感覚が強烈であるからこそ、SF世界観はあるし、夢オチがあるのだと思いました。夢の中の世界そのものが現実逃避の世界ということを強く読む側へ表すために、唐突にも思える夢落ちのラストをあえて選んだのだろうと、わたしは感じます。

ただ、どうしても夢オチですので、現実逃避を唐突さで表している、と思えればよいのですが、夢の中の設定の事柄がそれで終わりを迎えたことにどうしてももったいなさを感じました。諸々の楽しい設定と、なんらかの人物設定だけをプロモとしてチラ見せていただいたが、それらは本編にはほぼ登場しない嘘予告、劇中劇的なものだった、みたいな感覚です。

SF的な夢の世界と、現実世界の両方が、起きているときと眠っているときでAとBで同時進行をして、交差をして、最終的になんらかの答えにたどり着く、みたいな風だと、夢オチを生かしつつことを組めるのかな、と思ったのですが、おそらくそれが、このお話とともに本編を読んだときに生じる感情なのだと思いました。

ですからやはり、ある種嘘予告的に組まれていたこの、逃避のお話は、こうなるべくしてこう組まれていた、納得の構成だった気がします。現実逃避には唐突な向きもありますから、それをこうした組み方によってあらわしてくださったのだろうなと、わたしは思いました。

018 優しい逃げ場所|2121

家出少女がやってきてから、俺は随分と健康的な生活を送っている。家出少女、といっても彼女は俺の従姉妹である。家出をしたのは絵描きになりたい自分の夢を、両親に反対されたことが原因だった。公務員として働く俺は彼女の夢を絶対に応援したかったから、彼女の母には俺自身が「娘を説得する大人」とみえるよう、連絡のたびに振る舞っていた。これは、なかば共犯関係にある、公務員の俺と夢みる少女の、日々を描いた物語である―――

絵描きになる夢をもつ従姉妹が、両親の反対から俺のところへ逃げてきたので、できる限りのサポートをしようとするお話、と捉えました。

ほのぼのとしつつ、けれど抱えるものはしっかりとある関係性の事柄を、これだけの文章量で楽しめるのがよいな、と思った小説でした。ツイッターなどで遭遇することのある漫画のような感じが、近いものだろうかと感じました。なんらかの連載シリーズの第一回目を読んだ、といいますか、基本一話構成の、4枚の画像で構成された2週に1本か月1本の連続をする投稿漫画で、軽く読めるが満足感があるもののはじまりを目撃した感じだと、個人的には思います。

こういうお話は、読み通しやすく、手に取りやすいのがいい、と個人的には思います。ぱっとその場で遭遇できるし、ぱっとまた次を読むことができる、読むことでしんどくならない程度に毎回なんらかを摂取できるのは、内容が薄いとかそういうことではまったくなく、そういう風にひとつひとつの小さな塊を食べることに適しているからこそと思います。

この軽さだからこそ摂取できるものがあったり、触れられるものがあったりすると、個人的には思います。ことを重くしすぎず、けれどなんらかをするものは、読んでいるこちらとしては安心感があります。日常もののなんらか、めいた事柄だと思います(が、この小説はもしもっと続くならば、多少シリアスなお話も扱いつつ、ほのぼのとした日常を描くお話になるだろうなと感じたりもします)。そういうよさがあったのが、このお話に思います。

ラストの終わりの文言がかなりさりげないものなので、もうすこし終わり感ある文言でもよいやもしれません。最後に見得を切ることで、結果として全体の有する軽さがもっと活きる気がします。連載すればするほど、積み重ねで単話が活きてゆくタイプの小説であると感じますので、できることならなんらかの終わりまで、ここからまたお話を積み重ねていただきたいと、個人的には思いました。

019 それを人は幻や嘘とよぶかもしれないけれど。|宮塚恵一

私はもう、この人とお別れをしなければならない。そう、わたしは悟ったから、彼にやまびこの話をはじめる。私には昔から妖怪が見えた。けれどそれらは、私が、どうしてそれがそうなるのかという「ほんとうのこと」に気付いてしまうと、みんな私にさよならをして、どこかへ消えてしまうのだ。だから彼ともお別れになる。私が逃避をする間ずうっと傍にいた彼が、ほんとうは幽霊だと、私は気付いてしまったから―――

自分と一緒に、どこまでも一緒に逃げてくれる男の子が、実は幽霊だったと判明するお話、に思いました。

終わりの景色を書いたお話だったと思います。そのシーン感情だけでばっと殴りかかってくる短文凶器、という感じでしょうか。凶器、というと物騒になりますからすこしニュアンスが違いますが、とにかくそういう風にしてその場面の火力だけで、ばあっと飛んでやってくる、短いお話、掌篇だったと思います。

このお話は短いながらも、合間にて会話されているもろもろの事柄が、とても印象深いものになっています。妖怪がみえていたが仕組みを知った結果それはいなくなってしまう、という事柄について、やまびこの事象からはじめて最終的には幽霊との旅路につなげてゆくので、奇妙なものどもの事柄を、スムーズに受け入れられると感じます。

かつ、彼女を探し出した父からの情報により、それが幽霊であると確定する、という事柄も、説明こそないですが、この、存在するものの背景にそうした事柄が恐らくはあったか、関係性があったのだな、と感じられるところに、記述すくなくそれを描いている良さを思います。短いながらも組み方がよく考えられているなという印象で、よい味がしていたなと思いました。

個人的にこのお話は、〆によむにはなんともちょうどいい味付けと、量と、感情度合の小説だったな、という印象です。なんらかの短編集でもありますが、序盤、中盤、終盤と、収録されている場所が違うだけで、読んだ時の印象やよさが全然違うときがあります。とにかくしっくりくる位置にあったのが、このお話だと感じます。読書や映画鑑賞というのは出会うタイミングや体調がとても大事であるなと、改めて思わされた次第です。


この中から三作を選ぶなら

ということで、ここまで色々読ませていただいたお話の中から、個人的にすきだったものを三作、ピックアップしてゆこうと思います。選ばれなかったからといっておもしろくない、ということではなく、「自分に刺さったものを選ぶとこれだった」ということであると、ご理解いただけますと幸いです。

では、まずは一作目です。

1作目

一作目は 草食ったさんの『靴』 です。

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やられました。とにかくそれに尽きると思います。逃避行ならばこういうのが読めるとうれしいな、と思っていたものがほんとうに現れてしまったので、ただただすごさを感じました。世界観も登場人物も話の展開も終わり方もぜんぶすきです。ヒロインの彼女の歌声に聞き惚れ、癒されてしまったら、どうしたってああなるのだろうなと思いました。もっとみんな癒されてほしいし、そして破滅してほしいです。ほんとうにありがとうございました。語彙力がなくすみません。

2作目

二作目は 御調さんの『虎は死して皮を留め』 です。

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草食ったさんのお書きになった『靴』が、まさしくわたしの読みたかったズバリの逃避行ものであるとすると、御調さんのお書きになったこのお話は、「そうか。これも確かに逃避だ。逃避へのスタンスとしてありうる話だ」と、気付かされたお話です。

あくまでもわたしの感覚由来のたとえですので判りにくかったら申し訳ないのですが、『靴』がわたしのど真ん中に放り込まれた剛速球で「うわー」とわたしがどうしようもなくバットを振ってやられたお話、であるとすると、『虎は死して皮を留め』は、一見ボール球かと思いきやまったくそんなことはない、わたしの外角低めギリギリにキレいい変化球として放り込まれた厄介でとてもよい一球、という感じです。

ほかのいろいろの球があるからこそ効いてくる一球めいたものです。組み立てがうまいです。だからこそ強く印象に残ったし、「うわーそうかあ」とバットを振らされた、そういう一球。お話だったと思います。ありがとうございました。

3作目

三作目は あきかんさんの『茜色した思い出へ』 です。

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いろいろおもしろいお話があり、ゆえに三作目をなににするかですこし悩んだのですが、最終的にはこれを三作目とすることにしました。選んだ理由としましては、このお話が、19作品のなかで一番、自分の内包するものによってぐるぐるとやられているお話であると思ったからと、そういう事柄を行っているのに、文量がほぼ下限ぎりぎりであったからです。

わたしがこのお話を、自分の内包する怯えそのものを信仰としてしまった人の信仰物への奉仕についてのお話と捉えたからこそとは思うのですが、死ぬまでそれに苦しめられるであろう人の逃避と、逃避したくともできぬさまが描かれていたのがよかったなと思います。

投げつけられたモノをくらってダメージをうける、やられる、というよりも、モノをまじまじと傍へみにいってダメージをうける、いい意味で危険物タイプの小説だったとお思いくださると幸いです。どうにもならなさが好きでした。ありがとうございました。


さいごに

以上で、「逃避行」「逃避」がテーマの小説(新作書き下ろし限定)の講評を終えたいと思います。参加いただいた作者のみなさま、ほんとうにありがとうございました。また、本企画の企画ロゴを制作してくださった不可逆性FIG(@FigmentR)さんにも、あらためて感謝申し上げます。

はじめての自主企画を終えた感想としては、やはり、同じテーマでありながら、書きたいものはそれぞれまったく違うものになるのだなということでした。そしてそれが、とても面白く感じましたし、自分の書きたいものをしっかりと書けば基本的には人と違うものがきちんとできあがるのだろうな、ということも思いました。

最後に、といいますか。今回ご参加いただいた作品の分類表を、TLでおみかけしたものを参考に、突貫工事ですがつくってみました。わたしなりにわけたので間違っているやもしれませんが、なんらかの参考になれば幸いです。

「逃避行」「逃避」がテーマの小説(新作書き下ろし限定)分類表

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「逃避行」「逃避」がテーマの小説(新作書き下ろし限定)分類表


改めましてご参加いただいたみなさま、ほんとうにありがとうございました。全然間に合わず大変でしたが、自主企画をできてよかったです。またなにか機会がありましたら、そのときはよろしくお願いします。………

2021.11.03 宮古